ハルは一人、ベッドに座って俯いていた。
 満月はマルカに付きっきりだ。マルカを一人にしてはおけない。
 むしろここでハルの方を慰めに来るようなら、彼自身が怒っていただろう。
 「何がしたかったんだ、俺は……」
 マルカは既に自分の所有物だったのだ。
 両親が来ようと警察が来ようと、追い返せば良かった。
 『そんな人間はうちにはいない』と。
 ハルは確かにマルカの幸福を願った。結果がこれだ。
 彼女を一人の人間として扱う。同時に、彼女の身体で一方的に性欲を満たす。欲を出しすぎてしまったのだ。
 いっそ性奴隷として人権など考えずに陵辱の限りを尽くしていた方が、彼女にとってマシだったのかもしれない。
 どっちつかずの姿勢が彼女に淡い希望を抱かせ、真に絶望させた。
 ハルは、そう考えざるを得なかった。
 (俺はどうすればよかった……? どうすればいい……?)
 性的な目で彼女を見ない。その選択肢は、選ぶことができない。
 ハルの心に潜む病魔が、それを許さないのだ。
 (そもそもマルカをペットのように簡単に拾った事自体、間違っていたのか……?)
 苦悩する、ハル。
 その扉を、控えめにノックする音が響いた。
 「満月か? 何やってるんだお前、今はマルカの方に……」
 がちゃり、と扉を開けて入ってきたのは、彼に忠実な下僕ではなかった。
 「……」
 「マルカ……」
 目をたっぷりと腫らせた少女が、無言でハルの部屋に入り込んできた。
 なんて声をかければいい。
 何をすればマルカの心は晴れるんだ。
 息を吸う事すら忘れて一瞬で思考を巡らせるハルに、マルカが歩み寄る。密着する。
 「――」
 唇を、貪る。
 数秒の求めるようなキス。
 「な……!?」
 突然の出来事に困惑するハルの前で、マルカは外出時からずっと着っぱなしだった服を脱ぎ始めた。
 「ご主人様」
 淡々と、脱いでいく。下着すら、入浴するかのように躊躇なく外して全裸になった。
 幾分はマシになったが、まだ体中の痣は消えきっていない。
 マルカは傷だらけだった。それは、身体に限った事ではない。
 「私を犯して下さい」
 彼女の瞳に光は無い。
 そして彼女は、瞳に濁った光を無理矢理に灯そうとしていた。
 「……どうしたんだ、マルカ」
 ハルの身体は、いとも簡単に少女の裸体に反応した。
 今すぐにでもマルカの言うとおりにセックスをしたい。
 待たされ続けてたんだ。こいつを無茶苦茶に犯して喘がせて性奴隷に変えて朝も昼も晩も四六時中幼い肉穴を抉り続けて初潮が来たらすぐに妊娠させてそのまま物のように犯しつづけて堕胎させてでも廃人にさせてでもこの少女を死ぬまで便器として使いたい。
 そう言っているハルの体を、ハルの心が押さえ込んでいる。
 「ご主人様に、おちんちんを入れて貰いたいんです」
 暗い表情のまま、彼女は自分の花弁を手で広げた。
 散々使い込まれて黒ずんだ、痛々しい性器が顔を出す。
 「傷なら、大丈夫です。ご主人様の好きなようにして下さい。おまんこも、お尻も、滅茶苦茶にして下さい。泣いて、叫んで、抵抗しても、決して止めないで下さい。お願いします」
 
 中途半端に情けをかけるから、あんな事が起こったんだ。
 もう道具として使ってしまえばいい。彼女だって、そう言っている。
 何も考えず、ただ身体だけ求めればいいのだ。それが主人と奴隷の関係。所有者と使い捨て肉便器の関係だ。
 家族でいたいと思う事こそが傲慢だったのだ。
 犯してしまえ。何よりマルカが、それを望んでいるのだから。
 そう言っている。身体が。脳が。
 一旦そう決めてしまえば、止める者はいない。
 どんな判断をしてどんな行動をしようと、満月はハルの全てを肯定する。
 止めては、くれない。
 (俺は――)
  
 






 「服を……着ろ」
 そう言うので、精一杯だった。
 「…………何でですか」
 マルカがぎゅうと拳を握りしめる。
 その目には、再び涙が滲んでいた。
 「私を……性欲処理に使うんじゃなかったんですか!? 何で、どうして…………」
 「嫌なことがあっても……セックスに逃げるようにはなるな」
 ぽろぽろと、大粒の涙が服の上に落ちる。
 「なんで、そんなこと……私を、必要として、くれないの……? 私、いらない子なの……?」
 「違う、マルカ……!」
 ハルの言葉は、もうマルカに届かない。
 マルカは服を脱いだまま、ハルの部屋から飛び出していった。
 
 (また、間違ったのか……)
 またしても、マルカは泣いてしまった。泣かせてしまった。
 それでも。その上でも、ハルにはこの選択が間違いだとは思いたくなかった。
 (俺は、最低の糞野郎だ……マルカを何回も傷つかせて、絶望させて……でも……)
 ハルは立ち上がる。出て行ったマルカを、どこに行ったかもわからない彼女を、追いかける事に、決めた。
 (まだ終わっちゃいない……。絶対に、あいつを、笑顔にしてやる……!)


 

 マルカは自分の部屋に戻らなかった。
 ただ明かりの無い、暗く長い廊下をひたすら走る。
 階段を登ったのか降りたのかすらわからずに、ただひたすらに逃げるように館中を駆けまわり、気がつけば知らない場所に立っていた。
 「……私、誰からも必要とされてなかったんだ……」
 ぺたんと床に尻をつけると、裸の身体にひんやりと冷たかった。
 「何で、生まれてきたんだろう……?」
 見れば、周りはほとんど闇に包まれている。
 広すぎる屋敷の、どこにいるのかもわからない。
 変な空間に迷い込んでしまったような錯覚すら感じ、寒さも相まってマルカは震えた。
 寂しかった。怖かった。でも、助けを求めて大声を上げることはしない。
 ハルを、満月を呼んで、誰も来ない事が何より怖かったのだ。
 (誰も、必要としていない……誰も、助けに来てくれない……)
 マルカは床に突っ伏して、静かに泣き続けた。
 とうとう彼女の心は、限界に達しようとしていた。
 「助けてよ……誰か……」
 人混みの中で言ったとしても、決して誰にも聞こえないような、小さい声だった。
 


 「風邪を引きますよ、マルカ」
 姉が、答えてくれた。
 「――――」
 夢か現実か考えるより早く、マルカはその胸へと飛び込んでいった。
 



 
 「本当に、馬鹿な子なんですから……」
 マルカの部屋まで運び、服を着せた満月は一人にしないように彼女を連れてキッチンへと降りてきた。
 暖房をつけてホットミルクを作り、椅子に座らせて彼女に手渡す。
 「貴女がいらない子なんて、私もご主人様も一回たりとも思った事はありません。全て勘違いです」
 呆れたような怒ったような悲しんだような声で優しくそう言いながら、いつものように頭を撫でる。
 少し落ち着きを取り戻したマルカは、それでも表情を曇らせたままだった。
 「でも、ご主人様は私に服を着ろって……」
 それを聞いた満月はポン、と手の平で軽く頭をはたく。
 「いつ、私達が貴方の価値はセックスだけなんて言ったんですか。ご主人様は、マルカの身体を大事にしようと思って言ったのですよ。それに……」
 一旦切って、少し考えて満月は続けた。
 「きっとご主人様は、マルカも自分と同じようになってほしくないのだと、そう思います」
 「同じように……?」
 そこでマルカはハルの言葉を思い出す。
 「『嫌なことがあっても……セックスに逃げるようにはなるな』……?」
 「はい。ご主人様は、心の病気を患ってらっしゃいます。性依存症、または色情症。そこらの年がら年中発情してるだけの男とは全く違います。れっきとした、精神疾患です」
 マルカはその言葉に少なからずショックを受けた。
 彼をただ性欲が強いだけの人物だと思い込んでいたからだ。
 「そう……だったんですか!? でも、何で……」
 「……もう、ご主人様も止めないでしょう。お話します。ご主人様の事、そして私の事も。
 部屋に戻りましょうか。お布団を被って、暖かい中でゆっくり教えてあげます」