「クラミジアだな。抗生剤を出しておく、来週また来るように」
 ヴェラは大したことでも無さそうに言い放ち、診断書を綴る。
(話半分だったが、やっぱり性病にもなるか、環境的に)
 散歩ついでにソフィアを病院に連れて行ったハルは、女医の黒ストッキングを注視しながら頷いた。
「それって病気?」
 ソフィアには実感がなさそうな様子だった。
「ああ。早期発見してなければ悪化や他の性病にもかかっていたところだ。ホームレスの子供が売春を続けて感染症で死のうが私の人生にはなんら影響はないが、早死にしたくなければ控えることだな」
「相変わらず毒舌だなーこの人」
「そしてペド野郎、私の足は見せ物ではない。ペニスの長さを半分にされたくなければその汚い視線を他に向けろ」
「勘弁して下さい」
 あの、とソフィアが弱々しく呟く。
「でも……あたし、セックス以外に取り柄が……価値が、ないんだよ」
 その言葉を、不快そうにヴェラは一蹴した。眼筋の動きに、眼鏡がつられて動く。
「そんなこと私が知るか」
「っ……」
 言葉に詰まるソフィアに、ヴェラはため息を吐いて続ける。
「私はお前の保護者ではない。カウンセリングをしたいなら予約して金を払え。それができないんなら」
 ちら、とハルを見る。
「保護者に相談しろ」



 あの後、泣き疲れて屋敷で一夜を過ごしたソフィアは朝(昼前である)起きてこっそり出て行こうとして、あっさり満月に捕まった。
「はーなーしーてー!」
「下ろしていいぞ、満月」
「かしこまりました」
 小動物のようにつまみ上げられているソフィアを、ハルは下ろさせる。
 手はしっかりと、満月に握られたままだ。
「こんな寒い時に外で寝たら普通に死ぬぞ。ここにいろ」
「下水道は熱が籠もってるから死なないよ」
「ガキが寝るとこじゃねーだろ、臭いし汚いし。病気になって死ぬわ」
「……死んだら、それで終わりだよ」
 声のトーンを下げるソフィアの発言を聞き、満月がハルに提案する。
「監禁なさいますか?」
「か、監禁!?」
「なさいまさねーよ。物騒な事言うな」
「申し訳ございません」
 ハルは物騒な事を言われて焦るソフィアの頭をくしゃりと撫で、匂いを嗅いでから満月に命ずる。
「拾ったペットはとりあえず病院だ。先生んとこ行ってくるから、その前に風呂入れてやれ」 


 風呂の間に何があったのかかなり大人しくなった(と言うかぐったりした)ソフィアの手を引き病院へ。
 そしてその帰り、ハルに手を引かれるソフィアはもう一段階大人しくなっていた。
「……」
 あれからずっと、俯いたまま無言である。
 抵抗の素振りも見せずに、ハルに従って歩くだけだった。
「自分に価値がないなんて言うなよ。まだ十年も生きてないガキが、そう悲観すんなって。よっと」
 今にも泣き出しそうな顔をしたソフィアをハルはおぶる。
「腹減ったと思ったらそういや飯まだだったな。先に食ってから来ればよかったか。まぁ、満月がお前の分も作ってるだろうから、楽しみにしとけ」
 ソフィアは答えず、ただ顎をハルの肩に乗せた。

 満月の作った昼食は、まともな食事を摂っていない少女の舌と腹では逆らえないくらいに強い。
「……! ……!!」
 言葉にこそ出さないものの、ソフィアは目を見開きながら次から次へとグラタンをすくって口に放り込む。
 あっという間に一皿平らげてしまい、まだ食べ足りなさそうにするその眼前に食欲をそそる香りのトマトリゾットが出された。
「いやー、何度見ても貧乏で目が死んだ子供に美味いメシを食わせるのはいいもんだ。これだから金持ちはやめられねぇ」
 と言ってソフィアが必死でリゾットをかっ込んでるのを見て悦に入るハル。
「心がほっこりしますね」
 と、かつてはソフィアと同じ境遇であったマルカも幸せそうにその隣で見ている。
 がふがふがふがふ、と下品に食い散らかすソフィアを咎めずに、満月はホットココアを差し出した。
 それを無理に一気飲みして息を切らしている所に、ハルが呼びかける。
「三食おやつ付き、家事手伝いか俺の性処理すれば小遣いもやるぞ。どうしてもってんなら止めんがな。俺は」
 ちら、とマルカに向かって顎をしゃくる。
 振られたマルカも、ハルに続いて言った。
「ソフィアちゃん、あの、えっと……信じられないかもしれないけど、ここ、すごく良いところだよ。
 こんなこと言うと、なんだか本当に洗脳とか調教とかされてるように聞こえそうだけど……ご主人様も満月さんも、ちょっとだけ……ほ、ほんのちょっとだけえっちだけど優しくて、酷いことしないし」
 少し嘘をついた事に心を痛めつつも、マルカは自分なりにこの館の居心地を口にする。
「私、二人に家族にしてもらったんだ。ずっと一人ぼっちだったけど、お兄ちゃんとお姉ちゃんができたんだよ。だから、ソフィアちゃんも……」
「……家族」
「え?」
 その言葉を口にした時のソフィアの表情は、複雑なものだった。
 喜びや、期待の色が大いに含まれていた。
「家族、か……」
 だが、それと同時に悔恨や悲しみのような、マイナスの感情が確かに存在するような、泣き出しそうな笑顔だった。
「ソフィアちゃん……?」
 彼女にとって禁句であったのかと後悔しかけるマルカに、ソフィアは顔を僅かに上げて答える。
「うん、あんた……じゃなくて、えっと……せんぱいには、恩があるしな。冬の間だけ、お世話になるよ」
「本当……? よかった……! これからよろしくね、ソフィアちゃん!」
 弱々しくながらも微笑むソフィアと、満面の笑顔を見せるマルカ。

(……これまた、闇が深そうな娘が入ってきたもんだ)
「でも、ま、ここはそういう場所か」
 とひとりごち、ハルは小さな同居人が増えた事と、それによって妹が大いに喜んだことに僅かな達成感を得ていた。