細剣(レイピア)の煌めく白刃が、暴食竜(ニーズヘッグ)の鱗を切り剥がした。
 地響きが起こるほどの、悲鳴とも怒声ともつかない鳴き声が一体を震わせる。
 「チャンスっ……!」
 対峙していた人間達の一人、軽装の女戦士が苦しみのたうち回る暴食竜に飛び乗り、首の根本に。
 ずぶり、と深く両手剣(ツヴァイハンダ)を突き刺し。
 じゅぐり、じゅぐり、とねじ込んで、剣の柄まで貫く。
 そのまま刺さった剣を、力任せに横薙ぎにしていく。
 ぐにゅにゅ、ぶちぶちぶち。
 肉が『切り潰れる』生々しい感触を剣越しに味わう。
 竜の皮膚は、斬られたと言うよりは破かれたような千切れ方で、剣が通った後の毒々しい肉の間から濃紫の血液が奔流する。
 耳を劈くような奇声を上げて抵抗しようと試みる暴食竜だが、既に彼等の度重なる連携によって満身創痍。抗う術は無かった。
 ――べちゅん。
 と言う音と共に、糸を切ったように動かなくなった。
 実際に切ったのは、糸ではなく巨大な首そのもの。
 乱雑に裂かれたそれは、本体から離されてごろんと転がった。
 「ふう……」
 「はぁ、はぁ……やったか……」
 「よくこんなの倒せましたね、私達……」
 暴食竜と戦っていたのは四人の人間達だった。
 その内三人は、身体の節々に傷を負い、座り込んで、あるいは寝転んで息を切らせていた。
 「お疲れ、みんな」
 だが一人だけは、爽やかな笑顔を仲間たちに向けていた。息の一つも切らせていなければ、鎧に汚れの一つすら無かった。
 「なんで、あんたはそんなに余裕なのよ……」
 「いやー、鍛えてるからね」
 明らかに一人だけレベルが違った者がいた。
 美しい装飾の細剣を持った、眉目秀麗の剣士。
 切れ長の涼しい目に、グロウより更に細身の、女のような体付き。
 鍛えていると言ったが、冗談にしか聞こえないほどに痩せていた。
 「嘘つかないでよ、そんな私といい勝負でなよっちい身体のどこにそんな力が…………! 危ない、後ろっ……!!」
 魔術師の少女は声を荒げる。
 彼女の目に映ったのは、死んだように見せかけて、首だけの姿で蛇のように、それも素早く這い回り。
 細剣を持った剣士を丸呑みしようと、背後から大口を開けて迫っている暴食竜の『本体』……切り離された、頭だった。

 「―――――ッ!!」

 仲間達は、ほとんど同時に彼の名を叫んだ。
 彼は微笑んで、ゆっくりと振り返り――
 
 





 「一つ気になっていた事がある」
 「にゃんですかー?」
 マイエの村を出て二日。二人は森を抜け、湿地帯を進んでいた。
 この広い湿原を超えれば、草原の先に工業大国のユーザワラに辿り着く。
 「お前は本当に妖精の姫なのか?」
 ティティの足が止まる。正確に言うなら、羽の動きが止まった。
 なーに言ってるんですか。この私の美しさを見てもまだ疑うんですか? 不敬罪で終身刑! 一生離しませんよ☆ なーんて!
 グロウ様、何度も言ってるじゃないですかー、もう……お、おしとやかな方が興奮するなら、そう言うプレイもしてあげますよ……?
 「今更何言ってんだこのバカ私の話ちゃんと聞いてたのかおめー実は認知症かなんかなんじゃないのか」
 笑顔で答えるティティにグロウは黙ってデコピンを食らわす。
 「ぁぁあいやぁいい!」
 デコピンとは言えグロウの指の力は強靭である。その身の軽さ故地面に派手に叩きつけられるティティ。
 冠水している場所だったのでべちゃ、と水溜りに突っ伏す形になった。
 「……変な選択肢が出てきたので、つい」
 「そうか」
 ティティがよくわからないことを言うのも、もう慣れた。
 起き上がり、再びグロウの肩元まで羽ばたくティティ。
 手荷物からハンドタオルを取り出し、羽織るように全身を拭く。
 「もー、水浸しだ……金髪も煌めいて水も滴るいい女になっちゃったじゃないですか。どうすんですか」
 「どうもお前の話を聞いていると、あまり姫君らしい扱いを受けていないように聞こえるが」
 グロウは完全に無視を決め込み、一方的に疑問をぶつけた。
 「と言うと?」
 「変な仇名を付けられたり、内部から破裂させられたり、頭をひたすら鈍器で殴打されたり、犬に食わされたり……だ」
 (……あと人間に犯されて喘いだり懇願したり、尻穴を穿られて下品極まりない声を上げて失神したりもしたな)
 そう言いかけたが、口にはしないでおいた。やったのは自分だ。尤も、よく考えれば犬に食わせたのも自分だったが。
 「犬に食わせたのはグロウ様じゃないですか! 私が敬われてないわけが……」
 一旦ツッコミを入れた後、改めて考えこむティティ。
 「わけが…………」
 「…………」
 「あ、あれ…………? 私、ひょっとして敬われてない……?」
 ようやく気付いたようだ。
 (……と、言うか今まで気付いてなかったのか)
 衝撃の事実とばかりに愕然とするティティ。
 「姫君に対しての行いじゃない。人間だったら打ち首じゃ済まないぞ」
 「よ、妖精はおおらかなんですよ! 魔力さえあれば普通は死にませんから!」
 「……それにしたって大らかすぎるだろう」
 友達同士の遊びだとしても雑な扱いだ。
 ひょっとして、虐めでも受けてたんじゃあないだろうか。
 「ほ、ほら! 私ってこんなに可憐で美しいじゃないですか! みんな嫉妬してたんですよきっと!
 それか、いじめたくなるオーラでも出てたとか! 美少女にはちょっかい出したくなるもんですからね!!」
 (……ああ)
 誤魔化すように笑うティティを見て、グロウは理由を察する。
 本人は必死で隠していたようだが――
 (バレてたんだな……マゾだと言うことが)

 「た、大変だぁ!!」
 と、そこに一人の男が走ってきた。
 どうやら、どこかの村人のようだ。地獄でも見てきたかのような顔をしていた。身体もがくがくと震えている。
 後ろから来たわけではない。どうやらマイエの惨状は知らない様子だ。
 「……何かあったのか」
 進行方向だ。グロウは男に仔細を尋ねた。
 「で、でっかい竜だ! 赤黒い色をしていて、口からは酸を吐いて……連れの戦士が、食われちまった!!」
 「巨大な、赤黒い竜……まさか暴食竜(ニーズヘッグ)か!?」
 「暴食竜!? な、なんでそんなものがここに!?」
 暴食竜(ニーズヘッグ)。
 魔軍の主力である竜種の中でも、かなり高位の種族である。
 練度の低い軍隊程度なら、一体で文字通り丸呑みできるほどの大物。
 ただ知能が低く、命令を聞かずにただ暴れ回るので扱い辛い。
 軍とは切り離し、敵陣に放り込んでそのまま暴れさせたりするなどして運用される。
 (……狙いはユーザワラか? 奪ったマイエを挟撃されないようにユーザワラ軍を足止めする役目……しかしどうやってあの巨体を運んだ……?) 
 「は、早く助けを呼ばないと! 今も何か、勇者とか名乗る兄ちゃん達が戦ってるが……」
 「うへぇ、面倒極まりないですね。どうしますグロウさ……グロウ様!?」
 『その単語』を聞いた瞬間、グロウの足は全力で野を駆けた。
 「え、ちょ、待ってくださいよ~!!」
 突然走りだしたグロウを、ティティは慌てて追いかける。
 「グロウ様、急にどうしたんだろ……」
 後ろ姿を見ただけでもわかる。鬼気迫る表情をしていると。
 尋常では、なかった。


 走る。走る。
 獣のような速度で、大槍を背負ったグロウは疾駆していく。
 実際に、今のグロウは獣だった。
 理性は置き去られ、漆黒の感情だけで突き進む、一匹の猛獣が走っていた。
 
 見えた。
 今まさに、首だけになった巨竜の顎が、彼を捉えようとしたその瞬間だった。
 口の中に深淵を携えて突進する暴食竜。それに向き直った彼は、下ろしていた細剣を向ける。



 消えた。



 彼の姿が竜の口内に消えた、のではない。
 彼が目にも止まらぬ速度で竜の前から消えた、のでもない。



 彼の剣に触れるかどうか、と言うところまで近づいた……
 『暴食竜そのもの』が綺麗に消失したのだ。

 
 しゃりんとレイピアをしまい、長い髪をかき分ける、剣士。
 彼はグロウの姿に気づくと、爽やかな笑みを浮かべた。
 仲間に見せるそれより、悪意が込められた笑顔だった。










 「よう。久しぶりじゃあないか、負け犬」


 「アルベリヒ…………ッ!!!!!」



 彼の名はアルベリヒ・フロット・サダルファス。
 ガイスコッド皇国サダルファス伯爵の長男にして、皇国が生み出した対魔族の切り札――
 
 ――『勇者』である。