――愚昧しかいない。
 随分と広がってしまった額を撫でて、マークスは溜息を吐いた。
 眼前では貴族の息子やら娘やら、家柄に胡座をかく輩共がぺちゃくちゃと喚いている。
 この連中は生まれと財産が全てだと思っている凡愚の群れ。
 今の特殊訓練施設(アカデミー)には、見込みのある人間などただの一人もいない。
 当然だ。大した才能も無ければ己の練磨もしない屑を何百人集めても、勇者など生まれるはずはない。
 マークスは講義を聞かない生徒達に叱責することは無かった。そんな事をしても時間と労力の無駄である。
 時間通りに教室に訪れ、時間通りに出て行く。
 彼は人気のある教師ではなかったが、別段嫌われているわけでもなかった。
 怒鳴り散らすことは無いが、愛想を振りまく事も無い。
 彼が生徒の顔と名前しか記憶していないように、生徒も彼の事を深く知らない。
 いや、生徒は……誰一人として、彼の事を知らなかった。
 
 教員室。
 マークスの机の引き出しには、もうここにはいない三名の名簿がしっかりとファイルしてある。
 彼は時折それを眺めては、あの教え子達は今頃どうしているかと思案に耽るのだった。
 (アルベリヒは自信家だった。傲慢で自尊心が高いが、それに見合う才を持っていた。
 人当たりが良かったので、性格に反して周りには人が集まる。あれは英傑の器だ。心配する事も無いだろう)
 二枚目を見て、マークスは目を細めた。
 (あの子は……不器用な子だったな。頑固で、友達もほとんどいなかった。だが、本当は仲間想いの強い子だった。
 ……強い子と思った私の判断は、本当に正しかったのだろうか。あの子は一人でも生きていける。そう信じていた。が……)
 しばし沈んだ顔でそれを眺め、ようやく三枚目へ目を移した。
 (ワダツミ、か……まさしく天賦の才女だった。私の元で修行を続ければ、あるいは二人より強くなったかもしれん。
 彼女もまた、人に好かれる子だった。もっとも、アルベリヒとは反りが合わなかったようだが。
 ……グロウには会えただろうか。もしも会えたなら、どんな形でもいい。あの子を支えてやってくれ)
 引き出しを閉じても、あの日々の記憶は消えることは無かった。
 彼等三人は、実の子供のように思っていた。
 悪戯好きのやんちゃ坊主と、勤勉で寡黙な少年と、泣き虫で引っ込み思案な女の子。
 三人揃えば敵はいない。三人で、勇者なのだ。
 マークスは、そう思っていた。信じていた。
 裏切ったのは、誰なのか。
 アルベリヒか、グロウか、ワダツミか、それとも……
 (グロウ……もしも私を恨み、復讐するつもりなら……力を蓄えてから来い。手加減はできんぞ)
 俯き気味に虚空を睨む彼に声をかけられる教師など、一人もいなかった。
 
 生徒は知らなかった。
 『天地拳』の創始者(マスター)にして『赤手六刃』と謳われた拳聖(マスター)の事を。





 
 「私天才的な事考えたんですよグロウ様。まず私にグロウ様のおちんぽがインするじゃないですか。
 そしてその状態で私もろとも女騎士のおまんこにインするんですよ。するとあら不思議、一本のおちんぽで二人を同時に犯す事ができます。
 これぞ必殺ダブルレイプ! どうです、新しいでしょう!! 画期的でしょう!!」
 「お前の頭も新しいのと取り替えたらどうだ」
 「ひどっ!? 私は死んだらマナから再構成されるから、脳だけにとどまらずいつでも新品、グロウ様オンリーのピチピチ妖精ですよ!!
 それに腹案はまだあるんですよ、おまんこに私をあらかじめ詰めておいておちんぽを何度も叩きつけるダブルリョナに子宮内で精子を横取りするザーメンスティールも可能です。
 いくら中出ししても私が生体避妊具になってガードするから妊娠を抑える事ができますよ! まあ女騎士って言ったら無理矢理にでも孕ませるのが道理だからこの技の有用性はむしろ……」
 「グロウ殿、お待たせしましたでござる」
 「準備できたか。行くぞ」
 「ティティ殿が向こうで何か言っておられますが……」
 「見えない妖精とでも話しているのだろう。放っておけ」
 「はあ……」 

 三人が向かうのは、ユーザワラの西にある山脈の一角である。
 山一つを根城とした盗賊団の巣。危険勧告の立て札は来るまでにいくつも立っているので、旅人も近寄らないだろう。
 「随分とまあ、やりたい放題やっているようですねー。アジトって普通、ばれないように構える物でしょ」
 ティティにとっては、人間の誰が襲われようと知ったことではなかった。金の為の仕事だ。
 それはグロウにとっても同じだったが、それに反してただ一人正義感に燃える人物がいた。
 「なんたる悪逆、許すことなどできませぬ!」
 (……真面目だ)
 (真面目っ子ちゃんだなぁ)
 未だ洗脳が済んでいないワダツミ。彼女は憤りを隠そうともせず、特注の下駄をからからと鳴らして先頭を歩いている。
 「しっかし、罠があるとなると面倒ですね。私は多少死んでも大丈夫な身ですが、お二人は一発でも矢が頭に食らったらお陀仏ですよ」
 「ああ、それに関しては問題ない。罠にかかる事などあり得ないからな」
 「へー、流石グロウ様。ちゃちなトラップに引っかかるような事は無いと」
 「……お前は少し勘違いをしているな。今回は俺の出番はない。お前の出番もな」
 「え?」
 「到着に御座います!」
 ワダツミが声を立てる。
 聳え立つ緑山の前に、一際大きい立ち入り厳禁の看板が刺さっていた。どうやら、ここで間違いなさそうだ。
 確かに雰囲気が違う。野生動物すら立ち入らないであろう危険な感触が来客を拒んでいた。
 ティティは、二人が先導して罠を探知していくのを待つ。が。
 「……行かないんですか?」
 前に立って山を見上げるワダツミと、それを腕組みして眺めるグロウ。
 二人の足は、山に踏み込もうとはしていなかった。
 「ティティ。何故俺が二つ返事で依頼を請け負ったのかわかるか?」
 「へ? 楽な仕事だからじゃないんですか?」
 「ああ、そうだ。ワダツミがいればこんなに楽な仕事は無い」
 その言葉と同時に、ワダツミが足を前後に開く。紺の着物のスリットから、白い生足が露出した。
 そして打刀を逆手に持ち、緩やかに抜き放って、後手に構える。
 「……?」
 ワダツミの眼光が、揺れた。 




 

 (そもそもの話――三人を同じ枠内で競わせる事自体、間違っていたのだ)
 上の命令だから仕方ないとは言え、自分の指導があの悲劇の原因になったであろうことを考えると、マークスは歯痒い思いに囚われた。
 三人の強みはそれぞれ違う。誰が一番と順位を付けるのはナンセンスであった。
 (アルベリヒは、一対一の圧倒的な優位性。前方の全てを剣一本で削り取る、大将戦の切り札にして最強の駒だ。
 それに対しグロウの真価は、対複数戦での戦闘である。後ろに目が付いているような五感の鋭さと判断力……自分と同格の者五人を一度に相手にできるのは、世界広しと言えどもあの子一人しかいないだろう。
 そして、ワダツミの実力が最も発揮されるのは対軍、または攻城戦。彼女の剣は――)







 「『地走』(ちばしり)」
 地に刺した剣の切っ先を、押し出すように走らせる。
 前へ。
 その斬撃は勢いを失うこと無く、走狗のように野山を駆け巡る。
 端から端まで直線上に裂いたと思えば、旋回し、反転し、交差する。
 一筆書きをするが如く乱雑に山肌をなぞりゆくのは、尚も土を喰らわんと疾駆する一筋の剣閃だった。
 
 「『震なる剣』のワダツミ。あいつの剣は――見る者を震わせる」
 ずん、と。
 地が震えた。