やっぱりこれも後から聞いた話ではあるんだけど。
 本家本元……カリンちゃんさんの『変化』の幅は、同じたぬき妖怪でも光姫さんのそれとは比べ物にならない程に不自由である。
 自分はおろか(ほとんど姿変えないけどね彼女)周囲をも巻き込んで多種多様に『変化』することができる光姫さんに対し、カリンちゃんさんは初代様に『弄られた』影響もあって、三つの形態にしかなれないのだ。
 普段過ごしている、たぬ耳美少女モード。
 瑙乃男児にツッコミ入れたりぶん殴ったりするための、妖力開放もふもふ中型リアルたぬきモード(かわいい絵面と字面だが『たぶん核シェルターより安全』な瑙乃結界を軽くぶち破ったりする)。
 そして、本気の大狸……山ほど大きいわけではない。が、一般的な小学校の校舎よりは大きいと見られる、濡尾花凛モード。これで全部となる。
 なぜ、そんな融通の利かない彼女の『変化』が光姫さんを凌駕しているのか……。
 理由はいくつかある。
 その内の一つが、『これ』だと言う。

 

 初代様としばし睨み合っていた……と言うか一方的に睨んでいたカリンちゃんさんは、何の前触れもなく。
 増えた。

「!?」

 光姫さんの視界を共有して、どうにか『それ』を見ることができた。
 まるで、忍者が使う分身の術のように……彼女は十数もの虚像あるいは実像を現実に映し、四方八方から殴る蹴るの暴行を開始する。
 世にも奇妙なひとり集団リンチ。
 その殴打音は数秒……いや、数瞬の間、途切れることはなく続いていた。
 テレビの砂嵐。
 例えるなら、それに近い。
(何発、入れた……?)
「数えられなかった……ごめんね……」
(あ、いや……)
 僕のひとり言に丁寧に答えてくれる光姫さんに悪いとは思いつつも、丁寧に謝っている余裕は僕にはなかった。


『国崩しの悪華』濡尾花凛。
 彼女の『変化』の妙境は、その速さにある。
 大狸に変化し、そして人間の姿に変化し直すと言う一連の流れ。
 その際、体積の違う二つの姿は、互いの身体の――人間の姿の方は誤差レベルだが――『どの部位を基点にして再度現れるか』を自分で決めることができるのだ。
 要するに、人間モードから大狸に変化して、人間に戻る時……大狸の頭のてっぺんで戻りたいと思えば、大狸の頭があったその場所に人間の姿でワープすることが可能と言うことになる。
 大狸に変化。右手部分で人間に戻る。殴る蹴る。
 また大狸に変化。左手部分で人間に戻る。蹴る殴る。
 光姫さんなら簡単になぞることができるその工程を、ただ繰り返しただけ。
 
 ――ざっと四桁ほど。




「変化――千変万華」



 
 ノイズ音が止むと同時に、カリンちゃんさんはざっと音を立てて元の場所に戻っていた。
 一方でその恐ろしい程の連打に晒されていた初代様は……尚も笑みを絶やしていない。
「まずは一万回張ってやったが……まーだ胃のむかむかが収まらないねぇ」
「おう、効いた効いた……泣いた女の張り手は、いつだって心にずーんとくらァ。惚れた女なら尚更だ」
「よくもまぁ、いけしゃあしゃあと……!!」
 
 台詞だけを聞けば初代様はノーダメージに見えるが、そのほっぺたはトマトのように真っ赤になっており、若干……どころではなく腫れていた。
 精神的にどうなのかは本人のみぞ知ると言ったところだが、肉体的には効いていないわけではないらしい。
「……顔面をしこたまぶっ叩いた後は執拗に玉袋ばっか狙いやがってよォ……光年が種無しになったらどーすんだッつーの」
「そんなヤワな子に育てちゃいないよ。年はあんたみたいなロクデナシとは違ってしっかりしてるからねぇ」
 おー危ねェ危ねェとちょっと内股になる初代様に吐き捨てるように言うカリンちゃんさん。しっかりしてるとかしてないとかそういう問題じゃないと思う。
 そう言えば身体は光年くんだった。
 なんて可哀想な光年くん。彼もまさか意識を乗っ取られている間に親に執拗な金的攻撃を受けることになる日が来るとは思わなかっただろう。
 元の人格に戻った時に痛みが残っていないことを祈るばかりだ。
「ったく、愛しの旦那様に向かって手ェ上げるとはいい了見だ。もっかい教育すっかァ? 俺に逆らう気なンざ、二度と起こさないようによォ」
「……光時。あんたがあの世でおねんねしている間にね、時代はすっかり変わったんだよ。今じゃ女は、男の所有物じゃないんだ」
 腫れも収まった初代様は、ちょっとほっぺたをぷにぷにして痛みを和らげてからにぃと深い笑みを向けた。
「はッ、日ノ本一にして全銀河一の男尊女卑差別主義者レイシスト大統領であるこの俺、瑙乃光時様に向かッてデカい口叩きやがるなァ。
 生憎だ。俺の特技は日ノ本を救う事で、趣味は過激なDV。何百年経っても何億年経っても変わりはしねェよ。
 お前はこれまでもこれからも瑙乃おれのものだ。
 ずっと、な」

 どっちがデカい口だ……いや実際大口を叩けるような人だけど……。
 そんな事を考えながら聞いていると、初代様は着流しの袖をまさぐり始めた。
 隙だらけに見えるその仕草に、カリンちゃんさんは全く攻めようとする反応を見せない。
 ただ、忌々しげに彼の挙動を眺めているだけだ。
「光年の記憶は俺が出てきた時点で全部見たんでなァ。俺が知らない瑙乃の『神罰』だッて、ほらこの通りよ」
 引っこ抜いたその手は徒手だった、と思ったら手をパーからグーに変え、再び開くと同時に札を一枚有していた。パーム上手いな瑙乃一族。
 牙札……ではない。
 あれは……?
 僕の疑問に、再び光姫さんが答えてくれる。
「あれは、呼札……。霊の記憶から、その場で顕現する、牙札とは違って……実存する道具を、取り寄せる札……」
(実存する、神罰って……)
 一瞬、嫌な予感がした。
『アレ』だったら、シャレにならない事態になる。
 と言う僕の危惧とは裏腹に、紙でできた手甲はそこに現れなかった。

「おォ……半人半妖の身だと、やっぱり焼けるように熱いなァ」
 
 見たままを、直接述べるなら。
 それは戦車どころではない、大型の戦艦か何かが満を持して発射するようなサイズの砲弾。
 鈍く光るその巨大な流線形に、柄がついたようななにかだった。
 違うと言って欲しいんだけど、形状的には……巨大なハンマーか何かに見えるような。
 そんな気もする。

「『消すものペントル・ア・ステッジ』……っ!!」
 カリンちゃんさんと光姫さんが同時に口にしたのが、『それ』の名前なのだろう。
 間違っても中学生が片手で持ち上げられるようなものではなさそうなそれを、初代様はひょいと肩に担いだ。
「はッ、服越しでもジリジリ来やがる……ッ。こりゃ、折檻にゃぁ丁度よさそうじゃねェの」
 そう言って、初代様は柄の先端部分。輪っかになっている部分に人差し指を入れた。
 そして、まるでモデルガンでもスピンさせるかのようにそれを指一本で縦回転させていく。
 勢いが付いていき、みるみる内に高速で回っていく『消すものペントル・ア・ステッジ』はそのフォルムを巨大なリングと変え、そして消失した。
 空気が唸る低い音だけが、まだそこに残っている。


 この時点の僕じゃそれが新手の超ヤバいアイテムってこと以外全然わからなかったので、説明に移ろう。
消すものペントル・ア・ステッジ』は、元々は瑙乃の所有物ではない。
 その立場上日本を離れられない瑙乃家だが、ある時双子の男児(おっさんは三つ子らしい)が生まれた時に海外から救援要請があり、見聞を広めるとの名目で兄の方が遠征(旅行とも言う)したことがあった。
 その時に吸血鬼ハンター……最強とか伝説とか言われていたらしいが、本当かどうかはよくわからない人物と出会い、彼の最後の仕事を手伝ったことで引退の際に譲り受けたらしい。
 他に使える人物もいなかったそうだ。
 銀の大槌・『消すものペントル・ア・ステッジ』。
 かつて聖人の血で赤く染まったその巨隗は、輝きを取り戻して尚、あまねく魔を撃滅せし銀の砲弾シルバーシェル…なのだと。
 本来なら、それとセットになっている古い皮鞭の『刻むものペントル・ア・スクィリエ』も併用するのが前の持ち主の狩り方……
 ……だったのだが、「0」も「∞」も全て「1」に変えてしまうそれをカリンちゃんさんに使ってしまうと、不死となっている彼女の命を有限にしてしまう。
 そのため、今回は片方だけを使っていたと言うわけだ。聞きかじり。
 ちなみに、両方備われば神々の命すら絶てるが……
消すものペントル・ア・ステッジ』に対神性の特攻はないために『神をひたすら鈍器で殴り続けると死ぬ』と言う絵面になってしまい、神罰の意味合い的にはともかく瑙乃家的にはいささかスマートさに欠けるものになっちゃうらしい。


 初代様が何も持っていないように見えるその腕をちょっと下げれば、静かに地面が抉れる。
 土崩れの一切が無く、ショベルカーで掘るよりも遥かに綺麗に『こそぎ取られた』その場所が、『消すものペントル・ア・ステッジ』の威力を……そしてそれを元の持ち主と同じかそれ以上に軽々と扱う瑙乃の凄まじさを表していた。
「雑魚の吸血鬼なら、上に乗ッただけで底なし沼にでも沈むように足から溶けちまう。
 そこそこ名がある吸血鬼ですら、一振りで半身が抉り取られ、返す二振り目でこの世から痕跡が消える……だとさ。中々面白い玩具じゃねェの。
 なぁ花凛……これでぶッ叩かれると、お前はどうなるンだろうなァ?」
 悪辣極まりない彼の笑みは、忌々しい程に美しかった。
「さぁね」
 初代様が駆け出すと同時に、カリンちゃんさんは再び増殖……分身していた。
「はっはァ!!」
 身体ごと回転させた大胆な……『瑙乃の基準なら』隙だらけですらある銀槌の一撃で、十数体の残像が振り払われた。
 それでもなお、少女の幻影は幾重にも残っており、少年へ殺意の眼光を向けていた。
 『消すものペントル・ア・ステッジ』の、鋭い一閃が振るわれる。
 一打。
 二打。三打。
 四打。五打。六打、七打、八打、九打十打。
 十一十二十三十四十五十六十七十八十九二十……。
 一振り毎に倍速くなる、颶風にも似た銀の嵐。
 柔な造りにはなっていないであろう瑙乃家が、風圧だけで悲鳴を上げるほどの暴力的な渦。
 次々とカリンちゃんさんの像を消し去っていく中で、それを明確に避けたのが見えた。
 カリンちゃんさんの内の、六体だった。
「赤手六刃、を……全て同時に……!?」
 カリンちゃんさん達の手を見て、光姫さんが驚愕する。
 それぞれ手の握りを変え、手刀を作ったり親指を一本だけ立てたり、人差し指と中指を突き出したりしているのがおぼろげながら僕にも見えた。
 それは素人でもわかるほどどっからどう見ても全部急所狙いの、針の穴を六つまとめて通すような拳戟。
 逃げ場など、どこにもない。

「しゃらくせェッ!!!」

 上を除けば。
 初代様は最速を以て『消すものペントル・ア・ステッジ』を地面に叩きつけ、砂煙と轟音、そして衝撃を発しながら空へと跳んだ。
 が、そこは。
 六体全て囮であり、大きくテイクバックをしていた『彼女』の――拳の、直撃打点。




「へぇ……へへッ!
 まるであン時の再現じゃねェかよ……ッ!!」






 山ほど大きいわけではない。
 が、一般的な小学校の校舎よりは大きいと見られる彼女が、澄み渡った声で言った。
 彼女は見た目以上にはるかに大きいような威圧感を持ち。
 同時に、確かに人である我が子を愛する心を持っているとわかる、慈愛がそこにあった。
 ただ、美しかった。





「変化――濡尾之大狸」






 霊と魔を祓い、神も鬼も誅してきた初代様、瑙乃光時。
 彼が何故、たかだか狸の怪であるカリンちゃんさんを『器』として選んだのか。
 理由は単純にして明快。
 彼女がこれまで戦ってきた『全て』の中で、群を抜いて強く。
 自分の力を数割単位で受け継ぐことができる程の、最強の大妖怪だったからだ。
 現在においても尚、それは揺るぎない。






 最強の祓魔師・瑙乃光時の銀槌と、最強の妖・濡尾花凛の拳が激突し。
 光姫さんの視界が、爆音と共にひっくり返った。