永's




「りんちゃん、アイドルやろうよ」
 ホスピスで相部屋のゆっこがそう言ったのは、気まぐれでもなんでもなく真剣に考えた末の結論なのだった。私は十七歳で、ゆっこは十五歳。生まれてこのかた病院生活でろくに学校に行ってなかったから、なんとなく同い年みたいにわたしとゆっこは仲が良かったけど、それでもたまに、ゆっこの発想や行動の微笑ましさに妹がいたらこんな感じなのかもと思ってしまう。
「アイドルって…あの、歌って踊るやつ?」
「そうだよ!偶像だよ!」ゆっこは医者が心配するくらい興奮気味。
 私は「即身仏的な意味での偶像なら、なれるかもだけど…」と苦笑いして、「ムリだよ。だって私たちじきに死んじゃうじゃん。あと体力ないし」
「べつに、死ぬからってアイドルになっちゃいけない法はないよ!そんなのあったら…悪法だよ!」
「悪法も、また法だよ」
「それにね、歌って踊るっていっても、激しくなくてもいいんだよ!こう…手首だけでもいいんだよ!手首!」と、ゆっこは手首をカクカクさせる。
 私は、大野一雄という100歳を超えても舞台に立ち続けたダンサーのことを思い出していた。その様子はyoutubeで見れるが、車椅子に乗ったおじいちゃんが指先で何かを表現しようとしており、その道に精通した人なら感動モノらしいのだが、常人にはまったく理解できない。つまり、大衆相手に商売するアイドルとしては致命傷だ。
 そのことをゆっこに言うと、ゆっこはムキー!って叫んで、それからワンワン泣き出した。なんだこいつ、元気すぎる。ホントに余命半年なのか?
「わかったわかった。まあ、どうせやりたいこともないし…いいよ」
「やっピー!」
 こうして私はいつもゆっこに流されてしまうのだ。そんな自分は、生涯変わらないだろう(余命僅少ギャグ)。ちなみに「やっピー」とは、「やったー!」と「ハッピー!」を足して割った造語で、寿命の少ない私たちが考案した時短術の一種である。
 さーて、アイドルか。しかし、私とゆっこ…二人だけでアイドルってちょっと不安。そのことを告げるとゆっこは、待ってましたとばかりに「あと二人、心当たりがあるんだ」とない胸を張った。


 自殺ちゃんの本名はわからないし、何の病気かもわからないけど、とりあえず派手に自殺しようとした原因があって、余命一年という結果が残った。だけど、ホスピスに入ってからも毎日自殺しようとしているから、どんどん余命は削られているし、車椅子なしでの生活は困難だとされている。ゆっこは自殺ちゃんの部屋の前で、ドヤ顔して言う。
「アイドルにいちばん大切なのは華なんだよ。華っていうのは、お客さんたちの視線を引き付けるオーラみたいなもので、華がないとなれないんだよ?」
「…だけど、自殺ちゃんはヤバくない?」
「りんちゃんだって、自殺ちゃんからは目が離せないでしょ?」
「そうだけど…でも、違う意味で。なんていうか、ぶっ壊れそうで危なっかしいというか、アイドルとして愛でたい気持ちは一切ないよ?」
「でも、次に何をしでかすかわかんない気持ち、癖になるでしょ?」
「そりゃまあ…そうだけども」
「くーっそれだよ!それ!」と、ゆっこは勢いで私を納得させようとして、私は「はあ…」と頷きなのか諦めなのかわからない吐息を漏らして、自殺ちゃんの部屋に入る。
 自殺ちゃんはちょうどいいタイミングで自殺しようとしていた。隻眼の職員さんから盗んだカッターを左手首(余談だが、自殺ちゃんの全身は切り刻んてない箇所がないぐらいボロボロで、もはやそういう体の模様?みたいな感じになってる)にあてがって、今にも血管を引き裂こうとしている最中だった。私とゆっこは慌ててカッターを取り上げる。
「ぬなっ!?」
 自殺ちゃんは白濁しまくってる目をこちらに向けて、私たち二人を認識したようだった。ゆっこは普通の人に話しかけるみたいにして、
「あのねっ、実はね」
「ぬなああああっ」
 自殺ちゃんが言語を扱っているところを知らないので何を言っているか正確にはわからないが、大意はわかる。出ていけ、だ。
「アイドルって…」
 ゆっこがそう言ったそのとき、自殺ちゃんは俊敏な動きで私の手にあったカッターナイフを奪還して、そのまま私を地面に押さえつける。
「あああああああッ」
 自殺ちゃんは感情丸出しで発狂して私の喉元を引き裂こうとした。けど、ちょうどいいタイミングで入ってきた隻眼の職員さんに羽交い絞めにされる。
「ぬなななななななななななななななぬぬぬ!!」
「ほら、夏花さん!深呼吸して深呼吸」
 自殺ちゃんの本名は夏花というらしい。
「あ、ちょっとちょっと!」ゆっこは職員さんによって隔離されようとしている自殺ちゃんa.k.a.夏花に声をかける。
「アイドルやろうよ!アイドル!」
「ぬなっ!?」
「楽しいよきっと! きっと楽しい晩年になるよ!」
「んなぁぁあああぁああぁぁあ!」
 そのまま、自殺ちゃんは隔離部屋に引きずられていった。わたしは、額や腋に冷たい汗を感じてそれをぬぐった。死ぬかと思った。死ぬのは覚悟できてるけど、殺されるのは別腹である。
「大丈夫?」とゆっこ。
「うん…びっくりした」
「そうだよね、自殺ちゃん、意外と体力あったんだね。これならダンス踊れるね」
「ゆっこ…」
「歌は…あー、さすがに無理かなぁ?」
 自殺しようとしているところを止められたせいで、想像だけど、射精しようとしていたところを急に寸止めされた男子高校生のように怒り狂っているはずだから、想像だけど、ゆっこの声はきっと届かなかったはずだ。
 なのに、
「うし、これで三人目ゲットだね!」
 という能天気な同居人の人生観が、ちょっぴりうらやましかったりもするのだ。


「あともう一人って、いったい誰なの?」
 私の質問に、ゆっこは不気味なぐらいニヤリと笑った。そういう風に笑うときはいつだって、打算があるときなのだ。つまり、純粋に内側から湧き上がってくる気持ちで行動するのではなくて、損得勘定のソロバンをはじいて出した結論なのだ。そういうゆっこも、私はキライではないけれど、例えばこの前、余命半年女子のセミヌード企画を出版社に持ちかけて出版にこぎつける寸前で倫理委員会からのストップがかかったように、上手くいったためしがない。
「いったい何を考えているの? …もしかして、枕営業と関係がある?」
「ちょっ…おふっ! そんなことしないよ! っていうかそれは、間違っているよ」
「そうかなぁ…ゆっこ、死ぬからって無茶しすぎだよね? 人としての限界ギリギリ、やろうとしてるよね?」
「なりふり構ってる暇はない、ってのはそうだけど、違うよ。マーケティングの観点だよ」
 ますます意味が分からない。
 ゆっこはニヤニヤしながらポケットから謎の物体Xを取り出す。謎の物体Xとは、親から仕送りされたブラックサンダーであった。ブラックサンダーとは周知のとおり、大人から子供まで幅広い支持を集めているチョコレートのお菓子である。
 それを、廊下の隅に置き、「さ、こっちだよ」と行って、廊下の隅が見える曲がり角のところに私を手招きする。ここにいたら、ブラックサンダーを見つけて拾おうとした人は、私たちの存在に気づくことはないだろう。うむ、何がしたいのかさっぱりわからないぞ。
 しばらくすると小さな影がトタトタと現れた。その影はブラックサンダーをサッとつかみ、辺りをきょろきょろ見回して、ブラックサンダーの包装を剥がして中身を口に放り込んだ。
 と同時にゆっこは小さな影に飛びかかっていって、
「みっちゃん!」
「うっ※※※ーーーーっ!!」
 ※※※の部分はみっちゃんがせき込んだ音である。
 みっちゃんはこのホスピスで最年少の9歳である。9歳だけども知能は博士課程並みで、よくわからない数学とか物理学の本をたくさん読んでいる。だけども好みやモチベは9歳なので、大好物が落ちていたら迷わず拾って食べてしまうのだ。
 ゆっこは切なげな顔をしてみっちゃんを見つめる。
「みっちゃん…それ、あたしのやつだよ…?」
 みっちゃんはブラックサンダーによってドロドロにされた喉の調子を整えてから、
「あ?なにそれ。どこにそんな証拠があんだよ」と威嚇モードで答える。
「パッケージに名前書いてあんじゃん」
 成分とかが書いてあるところに、オレンジ色のマッキーで「ゆっこ」と書かれている。
「あたしもうすぐ死ぬのに…みっちゃん、なんてことを…」
「何が目的だよ?」
 さすがみっちゃんと言うべきか、ゆっこのたくらみを速攻で見抜いてしまったらしい。つまり、お菓子の落とし前というカタチで、何らか要求を突き付けているのだ。
「私たちとアイドルやらない?」
「断る」
 実際は、「アイド」の発音が終わった直後に「断る」が始まってたのだけど、ゆっこは諦めが悪かった。
「やろうよ!」
「いやだ」
「マネージャーは田邊さんだよ」
「…考えさせてくれ」
 みっちゃんは急に難しい顔をして黙った。9歳の女の子がそんな顔をしていると認知的不協和を起こしそうだが、私たちにとっては日常の風景で、むしろ、みっちゃんが「田邊さん」で揺らいでいるのがとても微笑ましい。
 田邊さんとは先ほど自殺ちゃんを隔離した隻眼の職員さんである。アイパッチに閉ざされた左目は、自殺ちゃんの発狂によって抉られた。私は田邊さんのTwitterを偶然発見してしまってその日のつぶやきを見たら、「愛する人に身体の一部をささげるのは愛に生きる男として本望」とかいうキモいツイートを発掘してしまってなんかうわあと思ったのだった。
 そんなキモい男性が気になっているみっちゃんも相当ませている、というか、歪んでいるし、いつの間に田邊さんも仲間に引き入れていたんだろうか。ゆっこにこっそり耳打ちすると、案の定、
「えへへ、実は引き入れてないんだな、これが」
 と最悪の答弁をした。おい。


「これで、低年齢層好きのファン対策はバッチリだね!」
「そうかなあ…?」
 マーティングがどうたらと言ってたのは、つまりロリコン受けを狙ってみっちゃんを入れたということなのだった。
「わたし、元気天然系でしょ?りんちゃんはメガネ大人し系でしょ?自殺ちゃんはメンヘラで、みっちゃんはロリ!うっわ~完璧な布陣じゃん!」
「ゆっこは発狂暴走系だと思う」
「明日が待ちきれな~い!」
 あの後、みっちゃんは明日返事すると言ってボーっとしたように自分の部屋に帰っていった。私たちも自分たちの部屋に帰ろうとして、ふいにナベさんに引き留められてびっくりした。
「あなたたち、アイドルを目指すの?」
 ナベさんは多分うちのお母さんよりも年上でおばあちゃんよりも年下なぐらいのおばさんである。何度が話しているところを見たことがあるけど、本人に意識はないんだろうけど、キツイ口調で、少々ニガテなのである。
 でもゆっこにはそんなこと関係なく、
「はい、そうです!やるからにはテッペンめざすよね?りんちゃん!」
 と私に話を降ってきたので、うんまあそうだね、と適当に返したら、ナベさんが、
「私も入れて」
 とか言ってきた。
 さすがに衝撃発言だったのか、ゆっこがフリーズしたように見えた。ナベさんは、よく見ると、ちょっと頬が赤くなっていて、彼女にとっても決心のいる発言だったんだなということがわかる。
 ゆっこがようやく口を開いた。
「ナベさんって…下の名前何て言うんですか」
「つかさよ」
「つかさ…つかさのAN(アイドルネーム)は…つかさでいいか!」
「えっいいの?」
「うん!ちょうど超高齢化社会も見据えたアイドルグループにしなきゃって思ってたんだ!」


 そして翌日、私たち4人は、自殺ちゃんが「隔離室」から帰ってくるのを私たちは待ち構えていた。
「OK」と言ったみっちゃんは凄く目を真っ赤にしており、ナベさんはちょっと濃い化粧をしている。みんなが見守る中、ギィッとドアが開いて、自殺ちゃんが車椅子に押されて現れた。
「自殺ちゃん!」
「ぬあ…っ」
 ゆっこは駆けだして、地を蹴り、車椅子の自殺ちゃんにしがみつようなかたちで抱きついた。これ…いいの?衝撃のダメージとか、重そう。まして自殺ちゃんの命は風前の灯なんだし…。でも、車椅子を押している職員の田邊さんは何も言わないし…まあ、いいのか。
「自殺ちゃん…ありがとう。そして田邊さんも、ありがとございます」
「え?何が?」という田邊さんの声はゆっこの次の発言にかき消された。
「これで永’sのメンバーが全員揃ったね!」
「永’sって何?」
 私が聞くと、
「あれっ、言ってなかったっけ?私たちのグループ名だよ」



(つづくかも)
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