夏のふたなり大作戦'98

  
  
 
 いつものメンバーで飲み会をしていると、ふと、となりの座布団に座ったさっちんが「マリファナおまんこ」とつぶやいたので、私たちはギョッとしてしまったのだ。それも、酔いが回ったあとに訪れる下ネタ・タイムじゃなくて、最初のドリンクを頼んだ直後だった。しかもさっちんはいきなり、「ウーロン茶」とオーダーし、私が、「なんでやねん!」とツッコミ、みんなが「アハハ」と笑ってもまったくの無表情だったのだ。
「マリファナおまんこ」またしてもさっちんはつぶやいた。今度は飲み物を運んできたお店のおじさんもその言葉を聞いてしまったらしく、顔見知りなだけに、気まずそうに飲み物を配っていった。すかさず三度目の「マリファナおまんこ」で、おじさんは逃げるように厨房へ戻っていった。とりあえずカンパイ。
 私の向かいの座布団に座る古橋くんはみんなからバッシーと呼ばれているのだけど、私はバッシーという響きに抜歯のイメージがつきまとってしまうため、どうしてもバッシーに賛同できず、古橋くんと呼んでいた。「古橋くん」
「ん?」
「あの、えーっと、どう? あれの調子」
「ああ、あれね、まあまあ、だね」
「あれって?」
 そう、無神経な質問をしたのは、古橋くんの隣にの座布団に座っている斎藤杏子ちゃんだ。杏子ちゃんは「きょうこ」ちゃんと読み、みんなからはあんずっこちゃんと呼ばれていて、自分もそれを気に入っているらしいけど、私はあんずっこちゃんには断固反対の姿勢を崩すことはなかった。
「えーっと、そうだね……」
「マリファナおまんこ」
「就職活動、みたいな」
「あ~」
 どうやらさっちんは、わたしたちが妙な沈黙をつくると、それを埋めるために、「マリファナおまんこ」とつぶやいているらしかった。私、古橋くん、杏子ちゃんの三人は、同時にその法則に気づいた。そして同時に同じ疑問を抱いた。なぜ、そんなことを?
「マリファナおまんこ」
「もう卒業だもんねえ」
「早いよねえ」
「おぼえてる? 一回生のころ、古橋くん、合宿のとき、ふたなり疑惑かけられてたよね」
「はは、結局、俺の顔面を剥ぎ取って移植した杏子のしわざだったんだよな」
「えーっちょっとちょっともう、いーじゃん。昔のことは」
 言うのも野暮だが、杏子ちゃんは、古橋くんのことが好きすぎて、古橋くんそのものになりたかったのだった。合宿の夜、古橋くんの部屋にしのびこみ、彼が寝ているすきに顔面の皮膚を剥ぎ取り、売店で売ってた120円のライターで自分の顔に癒着させた。だけど、杏子ちゃんはおっちょこちょいなので、そのまま自分の部屋に帰り、粗野なマットレスの上で朝までぐっすり寝て、朝のお風呂を浴びるさい、女湯に入ってしまった。
「マリファナおまんこ」
 それを偶然(ホント偶然)見てしまった私たちは、てっきり古橋くんがふたなりだと思っちゃったのだ(説明し忘れてたけど杏子ちゃんは古橋くんの性器も切除して自分のクリトリスの上にかぶせるように癒着させいていた)。
 そして、二人はそのことがきっかけで付き合い始めた、というより、付き合わないと顔面の皮膚(と性器)を返さない!と杏子ちゃんが合宿先で意地を張ったのだ。古橋くんはそのころ付き合っていた三歳年上の女性の男色家(ゲイ)と別れて、杏子ちゃんと付き合い始めた。
 私たちが思い出話に花を咲かせているあいだ、さっちんはだんまりをきめこんでいた。マリファナおまんこを挟むタイミングをみはからっているのだ。でも、私たちは、さっちんのマリファナおまんこも、逆にアリかな、と思い始めていたのだ。
「古橋くんは、あのとき、どうして裁判を起こさなかったの?」
 私はずっと気になっていたことを聞いた。いつも一緒にいるけれど、一緒にいるからこそ、そのことについて質問しそびれていた。なぜだか今日は、その質問ができる気がして、したのだ。
「うん、当時の俺は、なんていうか、世の中がつまらないと本気で思ってたんだ。だから、女性で男色家(ゲイ)とか、そんな人とばっかり、付き合ってたんだけど、猟奇性に欠けてて」
「だから、杏子ちゃんと?」
「私もじつは、あんなことをしたのは、古橋くんが初めてだったの」
「マリファナおまんこ」
「猟奇性がほしくってさ。だから、裁判起こすよりも、生まれたて、ホカホカの猟奇性を見守ってみたいと思ったんだ。そして、さっきのことだけどさ」
「さっきのこと?」
「就活のこと」
「ああ」
「じつは、俺と杏子、性器を交換して結婚するんだ」
「えっ」
 私は、古橋くんが杏子ちゃんのことを「あんずっこ」と呼ばなかったことにいまさら気づいて驚いた。そういえば、さっき、杏子ちゃんも古橋くんのことを「バッシー」と呼ばなかった。この二人のあいだにどんな
「マリファナおまんこ」
があったのか私にはわからない。とても小さなことだけど、それはとても変な感じがしたのだ。でも、私はなぜだが、そのことをとやかく言うつもりはなかった。なぜならそれは、そういうものなのだ。
「へえ~結婚するんだあ」
「就職する前に、出産してみたくってさ」と古橋くん。
「私も、種付けしてみたくて」と杏子ちゃん。
「マリファナおまんこ」とさっちん。
 永遠に続くような、大学生活。遠い未来のようだった私たちの卒業も、もう、間近に迫っている。一生のうち、あと何回、こうやってみんなで集まれるのかな。
「卒業しても、また集まろうよ」と私。
 いつのまにか空になっていた
「マリファナおまんこ」
を満たすため、私たちはおじさんを呼びつけた。
 
 
 
 
sage