インターホンに返事をしてドアを開けると、岡持を持った若い男が立っていた。
「どうもーこんにちは」
「うちは出前は頼んでませんけど」
「あっ、出前じゃないです。隣に越してきました! これ、引越し蕎麦なんで、一緒に食べましょう」
 言うなり中に入ろうとしてくる。私は慌てて前を遮った。
「ちょっと待って。気持ちはありがたいけど、今はお腹すいてないし、部屋も散らかっているから。悪いけど今日は帰ってくれない?」
 大体引越し蕎麦って自分の部屋で引越し当日に食うものじゃないのか。
「大丈夫ですよ! 余ったらその分まで僕が食べます。それに部屋が散らかってるなら一緒に片付けた方が早いですよ! 僕は気にしません!」
「私が気にするわ! 一緒に片付けるとか余った蕎麦食うとか発想がキモいわ!」
「なぜそんなに邪険にするんですか! カリカリするのはお腹が空いているからでは? 遠慮せず、さあ!」
「さあじゃねえ! 社交辞令が通じてないみたいだからはっきり言うけど、そういうの迷惑なの! 帰ってちょうだい!」
 男はうなだれて静かにしている。ようやくこちらの言い分が伝わったか、と思った次の瞬間、男は素早い動きで私の脇をすり抜けて、部屋の中へと侵入した。
「あ! こら待て、警察呼ぶぞ!」
 男は驚くほど身軽に廊下を走っていく。岡持を持っているのに凄いバランス感覚だ……いや、感心している場合じゃない。あれを見られたらマズい! 私は慌てて追いかけたが、追いつくよりも早く、男は部屋の引き戸を開けた。
 そこは物置のような、天井の低い小さな小部屋だった。窓はなく、扉から差し込む光に照らされて、少女が座っている。両手両足は縛られ、口にはガムテープが貼られていた。
「ほらやっぱり。ここからお腹が空いてる感じがしたんですよ」
 あっけに取られる私の目の前で、男は岡持を置くと、中からかけ蕎麦の器を取り出した。少女の口からガムテープを剥がすと、割り箸で蕎麦をすくい、フーフーと冷まして少女の口まで運ぶ。
 少女は呆然としていたが、やがておずおずと麺をすする。そしてポロポロと涙を流しはじめた。
「いつから気付いていたんだ?」
 私が聞くと、男は振り返りもせずに言った。
「お腹を空かせている少年少女がいる限り、私はどこにでも現れる。それが私、引越し蕎麦マンです!」
「ちゃんと質問に答えろ!」
 どうやら話が通じないのは天然だったようだ。