珍しく天気予報が外れた。雨がやまない。俺は諦めて折り畳みを取り出した。
 既に教室はガランとして人気はない。ゲームとジャンプの話をしていた友人も30分ほど前に予備校があると言って帰っていった。
「なにその折りたたみ? かわいいじゃん」
 階段を降りようとした俺の後ろから声がかかる。少しバカにしたような、軽いノリの声はシンとした校舎によく響くような気がする。
「帰ってなかったのかよ」
「は? トイレ行っとっただけだし」
「長えうんこだな」
「はあ? れでぃーにうんことか言うなし!」
「レディー? お前が? 冗談は吉野作造」
「うわ、さむっ。てかふるっ」
 そいつはサムいという割にふふっと笑った。湿気った髪が重そうに揺れる。
「俺は帰るぞ」
「あ、待ってうちも帰る。てか入れて」
「お前、最初からそれ狙いだろ」
「その通り。ていうかあんたこそなんでこんな時間まで残ってたん? あんたが早く帰ってくれりゃあうちもこんな遅くまで残る必要なかったんやけど?」
「やむの待ってたんだよ。ていうか俺を待つな。自分で傘用意しろ。それか他の奴に入れて貰えばいいだろ」
「やーだ。知ってるくせに、うちのこと」
 俺は答えない。
「ねえ、やむの待っとったってウソやろ? 折りたたみあるのに待つ必要ないもんな?」
 そいつは構わず話を続ける。
「もしかして、うちのこと気にしてくれたん?」
「ちげーよ、折りたたみ使ったあと干すの面倒だから使いたくなかっただけ。柄もハズいし」
「なんでー、かわいいやんこれ。うちの好みー」
 俺の手から折りたたみが抜き取られる。室内で傘を差して振り回すな、うっとおしい。
「かばん出せ」
 俺はぶっきらぼうに言った。文句を言うかと思ったが、そいつは意外にも大人しく渡してきた。中を開けると、案の定水浸しだ。ふやけてべろんべろんの教科書もいくつかある。
 俺は丁寧にそれらを寄りわけると、濡れているものをビニール袋に放り込んでいく。あとでドライヤーだ。
「ごめんね」
 傘を差したままソイツは言った。
「気にすんなよ」
 俺は何事もない風に言った。
「いつも通り接してやるから、いつも通り振舞え」
 そう、日中は何もしてやれないから、せめて今だけは。普通の学校生活っぽい会話の相手をしてやりたかった。