「おめさん達、この奥の墓に行くのか?」
「そうですけど」
 老婆の目が細くなった。
「わりことは言わね、やめとけ。あそこには悪いのがついとる」
「悪いのって……」
「でも、爺さんの49日なんです。お墓参りにいかないと」
「そうかい。じゃあこれを持っていきな」
 老婆が手にしているのは何か紙きれのようなものだった。
「魔除けの札だ。あたしが作ったんじゃないよ、そこの寺の住職が用意したもんだ。どのぐらい効き目があるかは知らないが、ないよりはマシだろうさ」
「あの、さっきからなんなんですか一体」
 弟は不信感も露わに老婆に食ってかかったが、老婆は返事もしない。札を兄の手に押しつけるとそのまま去っていった。
「……どうする?」
「捨てちゃいなよ、そんなもの」
「ちげーよ、行くか行かないかだよ」
 兄の問いに弟は激昂した。
「はあ!? 行くに決まってんでしょ! 兄ちゃんは爺ちゃん嫌いなの?」
「そうは言ってないだろ」
「問題ないって! 大体こんなピーカン照りの真っ昼間に幽霊なんて出るわけないから」
 弟はそう言うと、兄の持っていた水桶と仏花を持って歩き出した。

 花を新しいものに入れ替え、軽く拭き掃除をして、墓石に水をかけて、手を合わせる。一通りの仕事を終えると、弟が兄の背中を軽くつついた。
「ねえ、誰かこっち見てない?」
「ええ?」
「あっ、振り返っちゃ駄目!」
 不用意に周囲を見渡そうとした兄を弟が制止する。あれほど八月蝉かったセミの鳴き声はぱったりと止んでいた。照りつけていた太陽も雲の中に隠れてしまっている。気温は下がっていないはずなのに、ゾクゾクするような寒気を二人は感じ取っていた。
 ガサリ、と二人の真後ろにあった植え込みが動いた。
「そこかっ!!」
「お、おい!!」
 兄が止める間もなく弟が植え込みへと踊りかかった。悲鳴と取っ組み合いの音。ほどなくして弟に締め上げられて中から出てきたのは、先ほどの老婆であった。
「変なことばっかり言ってくると思ったら、一番悪い奴なのはお前じゃないか!」
「あたしゃ見張ってただけだよ」
 言い争いを続ける二人に兄は聞いてみた。
「もし本当に幽霊だったらどうするつもりだったんだ? 物理では殴れないぞ?」
 弟はキョトンとした顔をしてから、照れて頭をかいた。
「考えてなかった」