「本当に、やるんですか?」
 少女の手は震えていた。
「他に手段がないんだ」
「でも……」
「これが最後のチャンスなんだ。祖父の墓前にやれることはなんでもやると誓ってきた。これをやらずに失敗するようなことになったら、僕は死んでも死に切れない」
「でも……でも! こんなの危険過ぎます。何かもっと……安全で、いい手段があるはずです」
「安全な手段を試すことは、同時に危険な手段を用いることと矛盾しない。早くしてくれ」
 男は急かしたが、少女はふるふるとかぶりを振った。
「だめです! 私には出来ません……こんな恐ろしいこと」
「くどい! やるんだ。君が出来ないなら、私が自分で」
「あっ」
 男は少女の手を取ると、そのまま自分の方へぐいと引き寄せた。そのまま片腕を手繰り込むように懐に引っ張り込むと、短く叫んでよろめいた。
「あ……ああ……」
 少女の顔は硬ばり真っ青になっている。男は脂汗を流しながら、凄惨な笑みを浮かべた。
「ありがとう……これで準備は整った」

 その日教授は乗り気でない試験監督を命じられてうんざりした気分だった。彼にとって自分の所属する大学の入試は関係のない出来事であったし、早く自室に戻って今度の投稿分の下書きの続きをやりたかった。だから最初、その男が入ってきた時にも大して気にも止めなかったのは無理もない。教授が気がつけたのは、男の周囲から人が避けるように遠ざかり、まるで猛獣を見物するかのようにぐるりと取り囲んでいたからだ。既に男は会場の真ん中辺りまで進み、背後には赤い液体が垂れた跡がぽたぽたと入口から足元まで続いていた。
 教授は目を剥いて男の様子を眺めた。滴り落ちる赤い液体は片手で抑えられている腹部からにじみ出ているようだ。表情は激しく歪み、恐らくは強い痛みを伴っているだろうことが想像出来た。
「君……」
 教授がたまらず声を掛けようとすると、男は素早く腹を抑えていない方の腕を上げて、教授を制するポーズを取った。
「僕には構わず。それより、早く試験用紙を配ってください」
 有無を言わせぬ口調だった。
「傷、深いんです。一刻も早く解き終えて治療しなければ」
「だったら、先に治療をしてから」
 教授の提案に男はかぶりを振った。
「駄目です。命の危険によって上げたIQでテストを受けなくては。先に手当てしたら、合格率が下がってしまいます」