中学校の恩師の訃報が届いたので、葬式に出るために数十年ぶりに日本に帰ってきた。
「このたびはご愁傷様でした」
 受付で香典を渡して記帳していると、受付に立っていた女性の顔が変わった。
「そう、貴方が日ノ本くんなのね。主人がよく話していたわ……担任した生徒の中でも特に優秀な生徒だったと」
「そんな、買い被りですよ」
 びっくりして否定したが、恩師の奥さんは取り合わない。
「本当よ、勉強は勿論運動もとびきり出来て、オマケに人格者で……当時の主人の口癖ご存知? 息子や娘が何かしでかすたびに『日ノ本くんを見習いなさい』なんて叱ったりして……私たちは貴方とは会ったこともなかったのにね」
「あの、後ろが詰まってるんで」
「あらいけない。名前はもうお書きになった? ではどうぞ、お入りになって」
 会場に入ろうとした背中に奥さんの声が追いかけてきた。
「そうそう、後で頼みたいことがあるの! お願い出来るかしら?」
 いや、そんなの内容によるでしょ。

 頼み事というのは焼香の一番手を務めてくれということだった。
「主人の遺言で、本当は貴方に弔辞を読んで欲しいということだったのだけど……連絡が中々付かなかったでしょう。だからせめて、ご焼香の前に……簡単な内容でいいから」
「そうは言いましても……それに恥ずかしながら、ご焼香のやり方もよく分かっていませんし、失礼になるかもしれません」
「そうか……ずっとあちらにいらしたんですものね。でしたらむしろ、あちらのお葬式での作法で何かやっていただけない? その方が主人も喜ぶと思いますわ」
「ええ……」
 かなり困惑したが、奥さんは「じゃあそれでお願いね」と言うとさっさとどこかへ行ってしまった。……仕方がない。恥や罵倒を覚悟でやるか。

『それでは、ご焼香をお願いします』
 進行の声に応じて、私は棺桶の前に歩み出た。そのままおもむろに靴と靴下を脱ぐと裸足で棺桶の上に乗る。ざわつく参列者の方へ向き直ると、私は大声で絶叫しながら跳び跳ねた。
「びっくりするほどユートピア! びっくりするほどユートピア! びっくりするほどユートピア!」
 そのままそそくさと棺桶を降りて焼香。その背中に向かって、何故かパラパラと拍手が聞こえてきた。拍手の音は次第に大きくなっていく。やがてアンコールの時のような大喝采になるに及んで、私はついに向き直ると叫んだ。
「なんで拍手!? なんで?」