「……看板娘?」
「いうなれば店の顔だよ、トーチ」
 ラークは懐から取り出した羊皮紙に、簡易的なメイド服少女をさらさらと描く。メイドと言うには少しフリフリした格好だな、とトーチは思った。
「なかなか上手いな」
「メイクばっかしてたら器用になってね。まあそれはいい。今はこういったメイド服じみたものを着た子が増えていてね。しかも酒場とか食堂とかに。トーチだって、ある酒場に可愛い少女がいると知ったら、ちょっと見てみたくはならないか?」
「可愛いエルフなら、まあ」
「お前の趣向はさておき、看板娘ってのはさっき言った通り店の顔だ。『炭火火竜』には上等なメシ、則ち心臓はあるが肝心の顔がない。そりゃ客も寄りつかないってもんだ」
「なるほど、耳が痛いな。だが、具体的にはどうすりゃいいんだ?」
「そんなん俺は知らないよォ」
 残った骨を指でくるくる器用に回して、ラークは言う。
「あとはお前が考えるしかないよ。俺だってただの客だし。アトランダムにその辺のエルフ拾ってくるか、人造人間ホムンクルスでも作り出してみるのか、あとはトーチがどうするかじゃないのかねえ」
「そ、そうか」
 確かに、ラークに頼りきりでは良くない。看板娘がいないというヒントは貰ったのだ。あとは自力でなんとか解決しなければ。
「ありがとうラーク。お前がいなかったらどうなっていたことか」
「感謝されるほどじゃないって。その代わりと言っちゃあなんだけど、今日の分はつけといてくれない? 今持ち合わせがなくってさあ」
「それは、困窮している食堂に対する正しい行為なのか」
「だからだよ」
 ラークは片目を閉じ、ビシっとトーチを指差す。
「そうだな。この食堂に看板娘が現れたら払ってやる。で、『俺のおかげだな』って言ってまたつけてもらう」
「……その次は、『この店が繁盛したら払ってやる』、か?」
「分かってんじゃん、トーチ」
 ラークはけらけら笑う。
「俺はな、この店が好きなんだ。だからこそ甘やかしたくもあるし、厳しい面を見せたくもある。まあ、なんていうか、『この店は俺が育てた』って言いたいわけよ。だからがんばれ」
「動機は不純だが、期待されちゃノーとは言えないな」
 この店を、大陸一の食堂にしたいのは事実だ。
 トーチは今一度頭のバンダナを引き締め、表情に力を込める。
「今に見てろラーク。俺はこの店を絶対に繁盛出せてみせる!」
「……まあ、まずは笑顔づくりからだな」


          ○

 と言っても、さすがにエルフを攫えば今度こそ警備のお世話になる。
 そう思ったトーチは再び最寄りのアレク書店に来た。冒険者はあまり本を読まないのか、アレク書店の客足は炭火火竜と同じく少ない。だからというわけではなかったが、図体のデカいトーチでも居心地は良かった。
 よく頭をぶつけそうになるのは玉に瑕だったが。
「求人誌、ですか?」
「ああ」
 アレク書店の店主・ローロにトーチは言う。
「ラー……知り合いに聞いたんだよ。なんかそういう雑誌みたいのがあるんだって。今うちの店で、看板娘っていうのか? そういうの募集してるんだが、いい感じのものがないかと思って」
「そんなの、うちの店がほしいくらいですよ」
 ガランと人気のない店内を見渡し、ローロは溜め息を吐く。
 アレク書店は客が少なければ店員も少ない。というかローロだけだ。状況で言えば炭火火竜と何ら変わりない様子で、トーチは情報を求めるというよりは痛み分けのような気分で訪れていた。
「バイト、どうやったら来るんでしょうねえ。あ、トーチさんうちで働きませんか? たまにカミクイ退治してもらってますし」
「悪い気はしないが、うちも商売があるんでな」
「あうぅ、そうですよねぇ……」
 再び溜め息。頼られるのは悪くないが、トーチにも目的があるのだ。
「ローロこそ、一度うちでアルバイトしてみないか? 看板娘として」
「えぇ!? 無理ですよ! 看板娘って歳でもないですし……」
 ローロは両手を振って否定する。
 とはいえ、慌てふためくローロは10代と言っても差し支えないほど若々しい。小さな書店でくすぶっているのはもったいないんじゃないか、とトーチは柄にもなく考えた。エルフ好きのトーチでも惹かれるものがある。
「うーん、そうか……じゃあ、看板娘やってくれそうな知り合いとか」
「いたらもうこの店で勧誘してますよ」
「だよなあ……」
 このままだと堂々巡りで埒が明かない。トーチは暇をつぶすように、並んでいる本の表紙に目を走らせる。
 ミシュガルド外交の歴史、交易収入の仕組み、エドマチの秘密……どうやら交易関係の棚のようだった。この辺りの本はまだ読んだことがない。ふと、トーチはラークが言っていたことを思い出す。
「ローロはエドマチについて詳しいか? 俺は何も知らないんだが」
「エドマチですか? それなら、確か今日交易船が来ているはずですよ。今行けばちょうどよい頃合いじゃないかと」
「おお、そうなのか!」
 エドマチは卓越した技術を持っていて、異国の文化を組み合わせるとさらに発展したと聞いた。そんな国の人々と話せば、何かためになることが聞けるかもしれない。そうとなれば、トーチは居ても立ってもいられなかった。
「いいことを聞いた、早速港の方に――――」

 その時だ。
 ズドン!! と、爆発でも起こったのかのような轟音が聞こえたのは。

「――――!」
 途端、トーチの表情が変わり、次の瞬間には書店の外に飛び出していた。
 少し遠く、港の方向から白煙が上がっている。交易船が来ていると言っていたから何かいざこざがあったのだろうか。対岸の火事だとは分かっているが、元戦士であるトーチとしては放っておける事態ではない。
「エドマチの人間か、それとも甲皇国の過激派か……」
 着の身着のままでトーチは走りだす。交易所で暴れるような連中にろくな奴はいない。だからトーチも交易所で暮らし営む一人として、交易所の平和のために暴動などの抑制には一役買っていたのだが――――。
「なんっ、だこれは……」
 走ってたどり着いた港にいたのは。



 とてつもなくデカく、凶暴な面持ちの――――ハムスターだった。
「……なんだこれは!?」
 ハムスターだった。