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 “朝夏”の代わりにと購入したエロゲーは、悪くないデキだった。秀夫はエンドロールが流れる画面を前に、感慨に浸る。
 あの紛失事件の後、“朝夏”を買いなおすことはしなかった。予約の時点で特典は手に入れていたし、なにより、エロゲーの魅力は発売前。“朝夏”の楽しみはほとんど味わい尽くしたと言っていい。……ならばもはや、どのエロゲーも購入する必要がないのでは? という疑惑が胸に湧いたが、秀夫は努めて無視する。
 時刻はもう深夜。五人のヒロインを突貫で攻略したため、疲れもひとしおだ。
 重たい瞼をしばたかせていると、台所で音がする。
「お、沸いたか」
 秀夫は腰を上げた。
 無人の台所に行くと、やかんが湯気を吹いている。コンロの火を止め、用意していたカップ麺に熱湯を注いだ。
「おっ、おっ、おっ、おっ」
 たちまちカレーの匂いが立ち上り、鼻腔をくすぐる。
「くぅ~~っ」
 思わず、歓喜の声が漏れる。実家を離れて暮らすようになってから、年を追うごとに独り言が増えていく。本人にも危機感はあったが、だからと言ってどうなるものでもない。
「エロゲ、エロゲ、エロゲー……っとぉ」
 箸を咥えたまま、スキップでPCの前に戻る。見ると、映し出されたメニュー画面はクリア後仕様のものに変わっていた。
「粋な演出だぁ」
 スタッフの心遣いを噛みしめ、秀夫はCG鑑賞と音楽鑑賞に移る。
 収録されていたオープニング曲のフルバージョンを聞きながら、彼はふと考えることがあった。そういえば、“朝夏”の巷での評価はいかほどだろうか。なんとなく見るのが怖いような気もしたが、検索する手は止められない。
 感想サイトを一通り回ると、大まかな評価はすぐにわかった。
「やっぱりみんな、怒っているんだなぁ」
 発売が延期したことも関係があるのだろう。感想は辛口のものがほとんどだった。ボリュームが少ない、全体的に古臭い、謎シリアス、後輩ルートの展開が突拍子もない。内容は様々。裏返せば、致命的な欠陥はないということだが、酷評の意見を目にするたび、秀夫は慰められる気持ちになった。駄作に時間を割かれなかった分、むしろ紛失は功を奏したのだ、と。
 ところが、何気なく画面をスクロールした先で、風変わりな感想を見つけた。それは、シナリオの細かな分析や他作品との比較など一切なく、ひたすら“朝夏”を絶賛する内容。ヒロイン一人一人への愛を語り、誰もがプレイするべきだと勧めていた。拙い日本語で書き散らされた文章だったが、秀夫は嘲笑する気にはなれなかった。胸を打たれた。
「しばらく忘れていたなぁ、こんな気持ち」
 エロゲー初級者であろう彼の感想には、純粋な愛があった。無論、秀夫にも愛はある。エロゲーへの愛情は誰にも劣らないと自負している。だが、エロゲーを初めて二十年、過ぎ行く時間の途中で、いささか錆び付いてしまったのも事実だった。
 “朝夏”は買いなおそう。秀夫はあっさりと翻意し、通販のページを開いた。商品をカートに入れ、支払いを済ませる。
「楽しみだなぁ、楽しみだなぁ」
 天井を見つめ、浮かべた笑顔は少年のようだった。