ゆるしましょう。ゆるしましょう

「凜々花が好きだ」
 それは魔女の媚薬にも似た魔法の一撃。
 冷たい冬の海に小一時間もぐってたみたいな青っちろい肌が瞬時に茹で蛸みたいな熱を取り戻して、私の意識を急激にふっとーさせる。
「あの――つづらちゃん、今、その……なんて?」
 真っ赤なはずのほっぺをぐにぐにしながら、首をかしげて嘯いちゃう。
「聞こえなかったのか? あたしは、凜々花が好きだって言ったんだ」
「んぐぁ!」
 強烈な右ストレート。ガードが下がっていたのでモロに顔面で受け止めてしまう。
「ちょ、ちょっとちょっと! ちょっと――待ってくださいなっ」
 両手をぶんぶん振り回しちゃう。
 さっきまで、つづらちゃんとふたりでお笑いのDVDを観ていたんだ。人志○本のヴィ○ュアル○ム。特に犬がイタチとヤっちゃって慌てて動物病院に駆け込む話がお気に入りなんだけど、つづらちゃんはタチの悪い巨人の知り合いを殺しちゃう話がよかったみたい。
 それから学校の校庭で死体が掘り出された時の話とか、担任の先生が自ら小指を引きちぎった時の話とか、あんなことやこーんなことをぶちまけ合って、お母さんが「是非に」って言うから、みんなで一緒に夕ご飯を食べたりなんかしたりして、なんかそのまま泊まってくことになっちゃって、その流れでいつの間にかふたりでお風呂に入ることになったりして。
 今はまさに――そんなに広そうで広くないけど少し広い湯船にふたりきりで浸かっている状況です。
 そんな折りに突如として放たれたその一撃は、私の心拍数をぐーんと上昇させるのに極めて有効的であったわけ。
 先制攻撃に成功したつづらちゃんは、頭が真っ白けっけになってる私の――自慢の一品を鷲づかみにすると、遠慮も法律上の手続も何もしないでもにもにぷにょぷにょと揉みしだいてきて、
「んー、ぽよんぽよんだ」
 なんて恍惚とした笑みを浮かべていた。
「な、なな、何を……しているんですか、つづらちゃん」
「詰め物じゃないかを確かめているんだ。うん、どうやら本物の……脂肪の塊らしい」
「ナチュラル失礼ですね」
「失礼? それを言うなら凜々花だって、控えめな胸のあたしにそんな……もの、見せつけて、失礼というか、……失礼じゃないか!」
 指でおっぱいをぐりぐりされる。
「にゃあぁ!」
「おまけに感度もいい!」
「やめてくださいってば!」
「くっ……。それとも、嫉妬させようとしているのか? そ、そんなもん、あたしは容赦なく嫉妬するぞ! というか、出会った時から、あたしは……その淫らな豊乳に嫉妬していたのだ!」
 そう叫ぶや否やざぶんとお湯に潜り込んだサブマリンつづらちゃん。
 お風呂の底にごちんと頭をぶつけ、泣きそうな顔で一度浮上。すぐに再挑戦とばかりに、泡をぶくぶくさせながら、私の乳房にあたかも死を賭して戦場で争う戦士のように突撃してくる。
「きゃああ! ジョーズ!?」
「がぼががぼぼ! んぼぼぼぼ」
 胸の谷間に顔を埋めながら、身体をくねくねつづらちゃん。なんだかまるでスケベなウナギみたいで。
「ひいっ、んっ……やだっ、あっん……っや、やめてぇ!」
 愛撫されたみたいに身体がびくんってなる。
「つ、づら――ちゃ……ぁんっ」
 れろ、とちくびを舐められた。ざらっとした感触が脳天にまで電流を走らせる。
 それはあかん。あかんのやで、つづらちゃん。
 心のなかで叫んだ警告虚しく、退かず媚びず顧みずの精神で本丸を攻め落とそうとしたつづらちゃんの頬に、私は張り手を炸裂させた。
 水中だろうと関係なかった。ずっぱーん! と音速を超えたみたいな快音が鳴り響いて、つづらちゃんの胸以外も貧相な身体が浴槽を突き破って――そのまま折戸も突き破って、隣接した洗面所の鏡に頭から激突した。
「はぁ……、んっ……は、ぁ。だからっ……駄目だって、はぁ、……言ったの、に」
 身体がやらしく火照ってる。胸はずっとどきどきしてるし、脳みそはリアルタイムで沸騰中だ。
 ふらつきながらも「やっと」って感じで立ち上がるつづらちゃん。だけどその膝は――陳腐だけれど、生まれたての子鹿のよう。
「つ、つづらちゃん、……大丈夫です?」
「う、ううう、うううん、もももも、もんだいいいいい、なななななな」
 ぱっくりってな具合に割れたらしい脳天からは夥しい量の血液が。
 ああ、流れてる。流れてるよ。流れちゃってるよ。
 つづらちゃんの――予言通りだ!
 胸がどきどきしてる。身体中に血が巡っているのがわかる。あふれ出したその血に、迎合したがってるのが伝わってくる。
 こうなったら仕方がないね。ていうか、――うん! やぶさかじゃあないね!
 死にかけたお友達のために、私に流れる血を使う。
 うーん、なんて友情っぽいんだろう。
 とりあえず救急車を呼ぼうかな。ううん、その前に私も――つづらちゃんも服を着なくちゃいけないよね。
 というか、救急車で何番だっけ。着替えを取ってくるついでにパソコンで調べなきゃだね。
 なので私は入念に計画し、慎重に調査し、熱心に精査し、無難に管理し、――そして大胆不敵に実行に移した。
 救急車が駆け付けた時、つづらちゃんはすっかり動かなくなっていたけど、なんとか一命を取り留めたっていう話は――なんか風の噂で聞いた気がする。