それがなんだかゆるせねえ

 見ちゃった。
 マジで見ちゃった。
 今は放課後、ここはとある校舎裏。
 びっくりするほどひと目のないその薄暗がりでひとりの女の子が大勢の女の子たちに囲まれてぼっこんぼっこんにされている姿を。
 私は目撃してしまったのである。
 おーまーいがー、と。
 なんてこったって思った。なんでそんなことしてるのって。
 止めようって思った。私は思わず「そんなの駄目だよ!」って叫んでた。
 すると、ぴたり。リモコンの一時停止をぽちっとなしたみたいに、止まっちゃった。そこにいた三〇人超のお姉様方が、一斉に私をにらみつけた。
「ああん? なんだぁてめぇは」
 がおーって。
 なんかそんな咆吼が聞こえた。
 正直泣きそうだった。膝がぶるぶる震えてすぐにも逃げ出したくなっちゃった。
 だけど、がんばる。がんばれ私。私がなんばーわん。いつだって私がじゃすてぃすじゃないか。
 気合い、気合い、気合いを入れる。
 思い出すのよ、入学式直後、あの緊張感に満ちた自己紹介のシーンを。あれこそ学園生活最初のジハード。あのときと同じように、お腹ぐーっと力を込めて、そして、はきだす。
「わ、私は! 潮風中学出身の! 二年A組、鈴木凜々花! 趣味は……あー、ええと、星を眺めることです!」
 しん、と。
 なんか静かになっちゃった。
 それこそ自己紹介当時の再現みたいに。
 また、やっちゃった? どんずべりのどっちらけ?
 トラウマがよみがえる。マジで泣き出す五秒前。
 誰かがちっと舌打ちをならす。涙がるるるとちょちょぎれる。
「白けた。……みんな、行こ」
 彼女がリーダーなんだろーか。その子が歩き出すと、誰も文句も言わずにぞろぞろと追従。去り際、立ち尽くすばかりの私の肩をぽぽぽぽーんと叩いて「チクったら、ソッコーいじめっから」と効果抜群の脅迫文句を残してった。
「うへぇ」
 嵐が過ぎて、私はへなへなーってその場に崩れ落ちた。
「し、死ぬかと思ったよぉ」
 んにゃ、ひょっとしたらすでに私は死んでいるのやもしれぬ。
 心が身体を追い越したとか、なんかそんな歌も聴くし、なんかそんな感じなのやも。
 だけど胸に手を当ててみるとばっくんばっくん脈動している心臓が私に確かな生の実感を思い出させてくれた。ついでに胸をもみもみする。
 考えるよりも先に身体が動いてしまうのが私の悪い癖だ――とお友達にもよく言われる。
 だけどもだけど! あんなふうにえげつない私刑を食らわされている女の子を見て見ぬふりしろというのなら、それこそ無理ってもんでぇと思う私だ。
「あ、そいえば」
 容赦ない打擲を一身に受け止めていた女の子は大の字になって仰臥している。陰湿ではない方のいじめだからか殴打の痕は顔面にも及んでおり黒々とした鼻血がだらりだらりと流れ出ていた。
 そろりそろりと近寄って、その顔を覗き込もうと頭を近づけると、急に視界がホワイトアウト。それと同時に、ごづん、とにぶーい音が骨振動で私の聴覚神経に伝わってきた。
「きゃー!」
 ヘッドバッドされた。すんごく痛い。けど、かました彼女の方が目を回している。
「うう、大丈夫ですか。私、子供の頃、頭突きでプロレスラーの方を失神させたことがあるんです。素人相手には絶対にやめとけって言われてたのに、ああなんてこと……」
「う、ぐぐぐ」
「まあ、もう意識が回復するなんて」
 素人ではなかったんだろーか。
 無事なのは嬉しいけれど、頭が固いのが実は自慢だったから、ちょっとだけ悔しかったり。
 だけどダメージは相当みたいだ。立ち上がろうとするけれど、何故か膝に来ている様子。
「あ……、肩をお貸ししますよ!」
「んにゃ、結構だ。じ、自分で立てる」
 そうは言うけど、私の頭突きがなくたって、すでに彼女は満身創痍なのだ。全身に残る靴跡もそうだし、右の頬に浮かび上がる青たんもそうで、ぼたぼたと止まらない鼻血も――とにかく何もかもが痛々しい。
 まったくもぉ、私が止めに入らなかったら、一体どーなっていたことやらね。
「ところで、どうしてこんなことに?」
「しらねえ。連中の生理がそんだけ重かったんじゃないのか」
「私は、そんなことで人を殴ったりしませんよ」
 ぺっと吐かれた唾は血混じり。
 そして彼女は私をにらむ。じろりとにらむ。
「そりゃあ、きっとあんたが変わり者だからだ」
 用がないならあっち行けって。
 なんかそんなことを言いたげな厭世的な目つき、口ぶり、たたずまい。
 死んだ魚みたいな目。その下に深く刻み込まれた隈は日頃のいじめからくるストレスかなんかによるもなのだろーか。
「むぅ」
 なんだか、やだなって思った。
 なんちゅーか、そーゆーのはよくないっちゅーか。
 この子にだって、幸せになる権利はあるはずなのに。
 それは別に、ほんのちょっとの努力で、もっと簡単に得られるはずなのに。
 ほんの気まぐれで、誰かがそれを邪魔してる。この子の足を意味もなしに引っ張ってるんだ。
 私は、なんというか、なんというか。
 それが、なんだか――たまんなくゆるせなかった。
「ねえ」
 私は、彼女の手をそっとにぎって。
「あなたの名前を教えてください」
 とーとつかな。
 そう思いながら、たずねてた。
「……名前? なんで」
 彼女はやっぱり訝しげ。
 だけどもそんなの、首をつっこんじゃった時点で、なんじゃこいつの領域なわけで。
「お友達」
「は?」
「お友達に、なりたいから!」
 じーっと、彼女の目をみて、そう言った。
 正直者は馬鹿を見るっていうけどさ。
 私は割と、そんなことねーって思ってるところがちょっぴりあって。
 正直さは武器になるよ。そもそも、頭のなかで生まれた気持ちを言葉に変換した時点で、その情報は一〇〇%に届かないんだ。情報は、媒介を得るたびに変色して劣化して美味しくなくなっていくものなんだ。
 だから、今、この瞬間、この心にあるこの想いを、限りなく出来立てほやほやに近い状態でお届けするには。
 正直に言う。
 それ以外の方法なんてなんにもないと思ってる。
 だから、そういった。
 友達になろーって。
 すると、ほら。
 彼女の口元がゆるっとゆるむ。
「な、なにそれ、本気で言っちゃってんの?」
「んふふ。私、謀略とか駆け引きとか、超苦手なんです」
 ない胸(ある)を張っちゃったりして。
 すると、ほらほら。
 病気かってくらい真っ白だった彼女の肌にほんのーりと赤みが差して。
「……二井、つづら」
 聞き出せました彼女の名前。
「あんたの名前、鈴木凜々花?」
「そうです。聞いておられましたか!」
「潮風中出身、二年A組、趣味は星を眺めること……」
「お恥ずかしながら!」
「血液型は?」
「はい! A型です!」
「あ、……おんなじだ」
「そうなのですか! それは奇遇ですね!」
「これならけがで大量に血を流しても、私の血を使って凜々花のことを助けられる……」
「はい! そう、です……ね?」
 私の首がこてんと横臥。
「え? 血、……流れますかね?」
 どちらかと言えば、流れているのはあなたの血ですが。
「流れるかもしれないじゃないか。帰り道、変質者にレイプされて手脚を切り刻まれるかもしれないし、バスに轢かれて手脚がばらばらになるかもしれない。そうなった時、必要になるのは血液だ。そうなった時は、私の血を……使って欲しい」
「あは……あはは、なんだかー……怖い想像ですね~。そうならないように気をつけないと……」
「うん、……でも、大丈夫だよ、凜々花」
「はあ」
 早速の呼び捨て。
 距離感がぐーっと近付いた感じがして、すごくいい。
 けど。
「凜々花のことは……、私が守る。何があっても私が守ってあげるから」
「あ、ありがとうございますぅ」
「気にすんな。だって、私と凜々花は――友達なんだから」
「あはは!」
 はは。
 ……。
 なんだろ。
 重い。
 ずっしりと、重い。
 特大の米俵を背負わされたような。
 そんな重圧。
 新しいお友達が出来た。
 そんな素晴らしい日、素晴らしい瞬間なのに。
 なんでか今になって、あの言葉が思い出されてきちゃう。
 ――後先考えずに余計なことに首を突っ込むのが、凜々花の悪い癖なんだよ?
 親友、佐々木瑞樹ちゃんから昔言われたあの言葉。
「凜々花、今日……おうち、行っていいか?」
「ふえ? あは、……えーっと、それは、まあ、……いいんですけど」
 なんだろ、この悪寒、この緊張感。
 まるで命のやり取りをしているかのよう。
 だけど、深く考えるのが苦手な私は、執拗に腕に抱きつこうとしてくるつづらちゃんを連れて、我が家路を辿ることにしたのであった。
sage