4th Drink


 2X17/7/7 AM 0:00 天気:晴れ

 やあいらっしゃい。お久しぶり。今日も来てくれてありがとう。
 7月7日は七夕だね。基本的にこの街でこの日が晴れることってあんまりないと思うんだけど、今日は珍しく晴れた。
 天の川が見えるんじゃないかって昔はよく外に出てずっと空を眺めてたなあ。
 ところでちゃんとお願い事した? まだだったらそこに笹と短冊があるから、好きなこと書いてっていいよ。そうなんだ、一応季節感は大事にしててこういうの置くようにしてるんだよ。お祭りっぽい時期にはちょっとした駄菓子を置いてみたり、ハロウィンは仮装してきたお客様に値引きサービスしたりとか。あと、クリスマスもちっちゃいツリー飾ったりして。いつも同じじゃつまらないからね。
 短冊、何人かお客さんが書いてってくれて、色どり華やかになってうれしいよ。「今年も健康に暮らせますように」「単位を取りきる」「家族仲良く楽しく過ごす」……このへんはみんなご新規で来てくれたお客さんかな。こういうの見ると微笑ましくなっちゃう。
 あ、この「今年も生き残る」って雑な字で味気なく書いてあるのはあれだね、この前うちにきてたバカラくんっていう社畜が書いてったやつだ。
 この間は本当にありがとう、助かったよ。
 なんでも成果を出し続けないとクビになっちゃう業界なんだって。怖いねえ。そんなに根詰めて仕事にすべてを注がなくてもいいと思うんだけど。
 もっと楽に生きた方がいいよね、ほんと。


 さて今日はどうしましょうか。
 あ、ごめん、ちょっと待った。お客さんだ。
 ……はいはい、いらっしゃい。いつもの端っこ空いてるよ。


 いやあよかったね。ラッキーだね。今日のお客さんは女の子。前回は不健康な野郎が転がり込んできただけで何の面白みもなかったけど今日はとびっきりかわいい女の子だよ。
 今入ってきたのはベットちゃん。この街にあるお屋敷の一人娘で、まあ言ってしまえばいいとこのご令嬢だね。お屋敷はうちからも見えるところにあるから、ここまではそんなに遠くない。ほんのり明るいブラウンのロングヘアに、ふんわりレースのサーモンピンクのネグリジェがよく似合う。寝間着で来るのは結構だけど、最初は下着つけ忘れたとか言うからもう真面目に焦っちゃったよ。お願いだからその気がないならそこだけはちゃんとしなさいってきつく言ったというか懇願したから、以後はきちんとしてきてくれてるけど。背丈も160cmないくらいの小柄な子で、本当に見た目もばっちりお嬢様って感じ。気になる点としてはいつも物憂げな顔してるところと、いつもピンクのうさぎのぬいぐるみを持ち歩いてるところだね。
 席はカウンターの左端が空いていれば、いつもそこ。
 余談だけどその席にはフルーツキャンディーの入ったガラス瓶が置いてあって、中身は自由に食べてもらって大丈夫だよ。
 もしそこに座ることがあれば、好きなのをどうぞ。


 さて、先に来たお客さんから順番にオーダーを取るよ。
 君は何にする? 考え中?
 だったら本日はおすすめがあるから、それいってみないかい。
 ベットちゃんは、一杯目はいつもの?
「……ん」
 ほとんど声になってないくらいか細い声だけど、意は汲み取った。
 あのね、シャイなんだ、彼女。
 あんまり人と会話したことないから、初対面の人がいるときはいつも緊張してる。知り合って一年の僕相手でも完全にはリラックスしないくらい。本当に繊細だから、優しくしてあげてね。


 彼女の一杯目は決まってて、ジムビームハニーのロック。
 バーボンウイスキーなんだけど、名前の通りハチミツを使ってるからとっても甘い。普通のバーボンを飲み慣れてる人だとなんだこれってくらい甘い。でも、ウイスキーの味が苦手な女の子で甘いものが好きな子なら、結構はまると思うんだ。彼女はこれを時間をかけてゆっくりゆっくり飲む。今でもかなりゆっくりペースだけど、最初の頃は飲んでるというよりもはやなめてる感じだったから、それを考えたらだいぶ成長した。
 で、二杯目はアレクサンダーっていう、カカオとブランデーと生クリームをシェイクした女の子らしいカクテルをまたゆっくりゆっくり飲んで、最後にお水を飲んで終わり。いつもこの飲み方なんだ。他のお酒を頼むことは、ほとんどない。
 ただあんまり時間をかけて飲んでると彼女の場合問題でね。だから、時間を見つつ飲みきれなさそうだと思ったら残りは僕がもらうようにしてる。


 問題とは何か。実は彼女、本当は無断外出も飲酒も禁止なのに、こっそりおうちを抜け出してこんな真夜中にお酒を飲みに来てるんだ。
 かわいらしい身なりをして実に勇者だよね。それを聞かされた時はさすがにヒヤヒヤした。万一バレたら店ごと存在消されちゃうよ。まったく後出しが多いんだよ彼女は。
 まあ、少なくともこの1年はバレてないみたいだし大丈夫だとは思うけど。さすがにこんな真夜中にお嬢様が部屋を抜け出していなくなってるとは思われてないだろう。
 よほどの用事がなければ誰かがわざわざ起こしにも来ないと思うしね。彼女が見つけたという秘密の抜け道が屋敷の人にバレないことを祈るよ、ほんと。


 無断外出禁止、当然飲酒も喫煙も禁止、門限は20時。
 親の言うことを守れなければそれはもう厳しく罰せられるんだって。
 もう20歳にもなってるってのに、なんとまあこの過保護具合。服の趣味から結婚相手まで全部親に決められてるらしいよ。20歳にもなってうさぎのぬいぐるみと行動を共にしてるのも正直どうかと思うけど、まあそれは……かわいいからいいか。
 きっちり管理されることがいいのか悪いのか、それは本人にしかわからないだろうけどさ。

 うわ、ごめんね。話が長引いちゃった。今日のカクテルを作ろう。
 七夕だからね、実は君が来る前からそれっぽいお酒を決めてたんだよ。
 今日のカクテルは甘さ控えめすっきり系。何を隠そう、僕も大好きな一杯だ。
 それじゃ、出来上がるまでしばしお待ちを。

「……ねえ」
 トーンはそこまで高くないものの、細い声。でも僕は女の子の声は絶対に聞き逃さない。
「バカラ、来てないの」
 んん? 今日は来てないね。この時間だから、きっと仕事頑張ってるんじゃない。
「……そう」
 気になる? 仕事、忙しそうだもんね。会社で突然倒れたりしないといいね。
 彼女は小さく、ゆっくりと首を縦に振った。薄暗いオレンジの灯りの下で、よく見ると頬が少し赤らんでいるように見えないこともない。
 そうだよね。もううんと前から口に出してこそ言わないけど、もはやその表情だけでバレバレだもんね。
 あのね、彼女、バカラくんのこと気になってるんだって。
「ち、違うの、ちょっと、その、そうじゃなくて」
 そんな真っ赤な顔して俯きながら必死で否定されても。ほら、ちょっとだめだって、そんな一気にお酒を喉に流し込んだら酔っ払っちゃうって。
 あのねえベットちゃん。僕は恋愛は自由だと思ってるし、親御さんが無理矢理結婚相手を決めるような真似もよくないと思ってる。でもわざわざアレにしなくてもいいよほんと。ろくなことないよ。あんな仕事ラブじゃいくらベットちゃんがかわいくても絶対構ってくれないよ。
 ……って言っても聞かないよね。意外と頑固なところあったりして。まあいいんじゃない。僕は陰ながら応援してあげる。うん。
「本心じゃないくせに……」
 一瞬だけまっすぐ僕を見つめ、さらりとしたブラウンの前髪を手で搔き上げながら視線をそらした。長い睫毛がきれいにカールしてて、色素の薄い瞳に淡いオレンジの灯りが反射して、柔らかく濡れて光る。
 ああ、うん、それ以上かわいい顔されるとキスしたくなるから、そのへんにしようね。
 あと君もゴミを見るような目で僕に視線を投げかけてくるのはやめてくれないかな。


 で。そうそう、今日は七夕ということで、バンブーというカクテルを作ったよ。
 材料はシェリーとドライベルモット。
 アバウトに紹介するとちょっぴり不思議な味のする白ワインみたいなカクテルだ。見た目だけなら本当に間違えちゃうかもしれないね。すっきり甘さ控えめで、飲みやすい。
 シェリーというのはちょっと特殊な白ワインだと思ってもらっていい。簡単に言えば原料となるブドウが決まっていて、発酵の途中でブランデーとかを入れて度数を強くする、限定された地域で作られる白ワインだよ。ある意味シェリーと白ワインも、前回話したシャンパンとスパークリングワインの見分け方と似たような感じかな。
 ベルモットは前にも話したけど、謎のハーブみたいな味がするお酒だよ。この前出してたコープスリバイバーってカクテルにもベルモットを使ってたけど、あれはスイートベルモットといって、文字通り甘い。こっちで使ってるベルモットは、ドライと名のつく通り、もっとすっきりさっぱりしてる感じ。どちらもハーブの味がするのは共通。
 氷の入ったミキシンググラスにシェリーを45ml, ドライベルモットを15ml入れて、混ぜる。
 七夕といえば笹だからバンブーとは安直すぎないかって、そりゃそうだけど。いいじゃんもう、僕の小さい脳味噌じゃ他に思いつかなかったんだから。
 まあまあ飲んでみてって、おいしいから。これ。
 
「ディム、私もそれ、作ってくれる」
 うん、と言いたいところだけど、ベットちゃんは今日はペースが少し早いからだめ。もうなくなりかけてるじゃない。それ一杯でおしまい。
「……どうしても?」
 どうしても。
「一年に一回、でしょ。七夕。私だって……お酒飲んで、お願い事したいの」
 わかった。はい。わかったから。上目遣いはやめようね。ほんとにもう。ね、見てわかる通り、この子は本当に自覚がないんだ。危ないったらありゃしないよ。
 確かに彦星様と織姫様が一年で一回だけ会える日だって言うしね。カクテルを飲みながら過ごす七夕もロマンチックでいいかもね。でもあれさ、結婚してから二人とも見事ニートになったからお父さんが怒ってその日しか会えないようにしたとか、そういう話じゃなかった?
 ……うん、ごめん、なんでもないよ。じゃ、そこのお客さんの分と合わせて作ってあげる。ただし一口味見するだけで、あとは僕がもらおう。で、そのあとは僕が可及的速やかにこっそり家まで送るから、すぐに帰り支度をすること。いいね?
 そう言うと、今まで影を落としていた彼女の顔が、ぱっと輝いた気がした。口元に笑みらしきものは浮かんでないけど、伏せていた目をぱっちりさせて、まっすぐ僕の方を見て、頷く。
 いいね。彼女は嬉しい時、こういう顔するんだ。

 毎度毎度雑談が過ぎまして。遅くなりました。本日の一杯。
 材料はとってもシンプルながら、初めて飲んだ時はこんなおいしいカクテルが世の中にあるのかと感動した。僕の場合はジンが苦手でマティーニがあんまり飲めないから、ついついこういうのに走っちゃうんだよね。
 カクテルを飲みながら願掛けとはまた面白い。それでは素敵なお願い事はお酒をゆったり飲みながら各自の脳内で、どうぞ。
 今宵の空はきっときれいだよ。