5th Drink


 2X17/7/28 PM 20:30 天気:曇り

 いらっしゃい。
 7月ももう終わりだって。早いね。夏ってどうしてあっという間に過ぎちゃうんだろうね。
 ちょっとは店の雰囲気には慣れてきたかな。最初入ってきた時に比べたら、少し肩の力が抜けた気がする。自然体が一番だよ。
 これからもね、来たら何か飲まなきゃいけないとか、何かかっこつけないといけないとか、変なことは考えなくていいからね。別に何か大きなイベントがあるわけでもなし。気軽にふらっと来てくれれば、僕はそれで嬉しいんだ。なんだったら顔だけ出して、水だけ飲んで帰ったっていい。案外このパターン、多かったりする。
 うちのお客さんもね、まだ二人に一回ずつしか会ってないと思うけど、ちょっと変わってるだろう。あの二人は比較的静かな方だから変なだけで害はなかったけど、またうるさいのがいたりするんだ。大酒飲みの女の子なんだけどね。すっごい美人で気さくで、気が強い。ソリが合わない子がいるとたまに店で喧嘩始めちゃったりしてさ。こわいこわい。そのうち店で会うかもしれないね。うるさかったらごめんね。

 あ、何か言いたそうな顔してる。
 というか、ずっと前から言いたそうにしてたからね。僕にはちゃんとわかってるよ。
 今は常連さんが一人ずつぽつんぽつんって来てる感じだからいいけど、人が増えたら誰に話しかけてるかわかんねえよ、って言いたいんでしょ。当たった?
 それねえ。まさにおっしゃる通り。
 いつまでたっても「君」じゃ、店に複数人いた時は確かにややこしくなるだろうね。
 本当は名指しが手っ取り早いのはわかってるんだ。でも君はせっかく飲みに来てくれたって、ちょこっと話してくれたって、絶対に名乗ってくれないじゃない。

 何? 百歩譲って勤務先なら教えてくれるって? 君も随分変わってるねえ。
 でもせっかくだし、教えてくれるっていうんだったら教えてもらおうかな。

 ……あ、そうこうしてるうちに別のお客さんが来たみたいだ。
 このお店は地下じゃないから足音は聞きづらいけど、ドアノブが動く音とか、団体さんなら話し声くらいならなんとか聞き取れる。ぼーっとしてる時にご来店されて、挨拶し損ねるのは礼節に欠けるからね。
 さて、今日は誰が来てくれたかな。


「どうも。こんばんは、お疲れ様です」
 お、誰かと思えば。ティアくん、いらっしゃい。お疲れ様。早いじゃん。
「今日はプレミアムフライデーです。華の金曜日、いいですねえ」
 なるほど。だからいつもより早いんだ。15時に退社して優雅にどこかで遊んできた?
「残念ながら、ボクのお客さん先の話ですけどね。ウチの会社にそんなものはないです。今日は荷物の移動があったんで、急遽定時退社に」
 あらま。まあ確かにIT系の会社ってあんまりそういうのなさそうだもんね。

 彼はティアくん。IT会社勤務の若手社員。人懐っこい笑みを浮かべてるし、いろいろ話してくれるしとっつきやすい雰囲気もあるけど、基本的に丁寧なのは言葉遣いだけだからね。仲良くなると隙あらばすぐいじってくるからね。
「やだなあ、そんなことないですよ。誤解を招くような紹介をするのはやめてください」
 あはは、僕は事実しか話さないんだよ。
 見た目はかっこいいというよりは、かわいらしい雰囲気に近いかな。最初、女の子と間違えそうになったくらいだから。
 なんといってもまず髪がすごく柔らかそうなんだ。明るいアッシュベージュの髪にふんわりパーマがかかってて、前髪も少し額にかかってるからさ。地毛だっていうんだから驚きだ。
 顔立ちも童顔……って言ったら怒るかな。ほんの少しだけ幼さを残してる。基本は性格も子供っぽいからね。目も大きい方だとは思うけど、大体目を細めて笑ってるからわかりにくい。フレームの薄いメガネで知的さと大人っぽさを出して、それでバランスとってる感じだ。
 一見天使みたいな見た目で、この丁寧な口調で、さらっとイヤミなこと言っちゃったりするんだよなあ、また。
 それから服装は、半袖のポロシャツとジーンズ以外の格好をこれまでに確認したことがない。夏も冬も半袖。夏はともかく、冬も半袖って。せめて羽織物くらい持った方がいいよね。ほんと、よくこれまで風邪も引かず凍え死なず生きてきたよ。
 髪色も顔立ちも派手だから服装が多少地味でも問題はないんだけど、せっかくだからもっとお洒落すればいいのにね。

 あれ、ティアくんその時計、新しく買ったの? 金色の腕時計。
「いえ、昔から家にあったものです。安物ですけどね。ちゃんとしたブランドのを買おうとすると、さすがに入社二年目じゃ手が届きませんから」
 そうなんだ。でも、シンプルな服装だからこそ時計がよく光るね。かっこいいよ。
「ありがとうございます。ちょっと成金みたいですけどね」
 大丈夫。まだ正常なお洒落の範疇だよ。
 そういえばバカラくんもこの前変な時計してたな。ボーナスで買ったんだと思うけど。
「変な時計ですか。今度見せてもらおうかな。彼のことだからきっといいやつ買ったんでしょうね。年齢近いのに、多分ボクの倍以上稼いでますから」
 うんうん。よくわからないけど、高そうな時計だった。
 二人とも席が近い時はよく腕時計談義してるもんね。仲良さそうで何よりだよ。


 さて。お二人とも今日は何飲む? ティアくんはお酒飲めないから、ウーロン茶かな。
「んん、糖分がほしいんで、オレンジジュースの方がいいですね」
 はいはい。承知しました。
 そう、もちろんと言えばもちろんだけど、バーにはちゃんとソフトドリンクも置いてあるんだよ。必ず店に来て酒を頼む必要はないんだ。
 僕も他所に行ってあまりにも喉が渇いているときは、一杯目に牛乳くださいなんて言ったりする。お酒じゃ喉が潤わないからね。初回じゃちょっとやりづらいかもしれないけど。
 さっき言った通りティアくんはお酒が完全バツで、どうやってもリバースしちゃうんだってさ。お酒飲めないのにバーに来るなんて、確かに不思議だよね。でもね、グラスの中身なんて関係ないんだ。落ち着いた空間でちょっとした話がしたいって人は、誰でもウェルカムだし。
 事実、彼の場合なんだかんだ酔っ払った人と似たようなテンションで会話してくれるから、正直飲んでるのとそんなに変わらない。

「そういえば、そちらの方はご新規の?」
 この人はね、新都社のニート先生。最近ちょくちょく来てくれるんだよ。
「ああ、ニートですか」
 ティアくん。一般名詞じゃなくて、人名。
 うわ、ごめん。ごめんって。そんなブチ切れそうな顔して殴りかかろうとしないで。ね。
 だって勤務先がニート社って出版社で、執筆活動をしてるっていうからさ。作家さんはナントカ先生って言うんだろう。しょうがないじゃない、君が名乗ってくれないんだから。イヤだったらもうちょっとマシな名前考えといてよ。
「自分は名無しとか言っておきながら人に名を尋ねるなんて、フェアじゃないですね」
 まあまあ。ちょうどさっきその話になったんだよ。それでね、名前は無理だけど勤務先だったら教えてあげてもいいって、ご丁寧に社名まで教えてくれたってわけ。
「ああ、女の子に電話番号聞いたら勤務先本社の電話番号を教えてもらえるのと一緒ですね。今後なるべく関わりたくない人と距離を取るための常套手段」
 そうそう。番号書かれたメモをもらってよーく見たら、03から始まってたりして。
「経験談ですか」
 はい、オレンジジュースです。生絞り。冷えてるよ。
「ね。都合の悪い話はさらっとそらすんです、この人は」
 違うよ。氷が溶けたらおいしくなくなるから早く飲んでほしいなって思っただけだよ。
 でね、僕は基本的に向こうから教えてくれるまで人の年齢と職業は聞かない主義なんだ。お客さんからしたって、この人ならいいかなと思わない限り、あんまりそういうの言わないだろう。それを教えてくれるっていうんだから、この通りもうすっかり仲良しってわけ。
「ものすごいイヤそうな顔してますけど」
 気のせい気のせい。今ちょうど目にゴミが入っちゃったから、よく見えないや。


 ごめん、君の方が早く来てたのにティアくんに飲み物出しちゃった。やっちゃったなあ。
 今日のご注文はいかがしますか。さっきの生絞りオレンジジュースが少し余ってるから、それ飲みながら考えててもらおうかな。
 まあまあ、晴れない顔してるけど、なんだかんだ今日の目的はちゃんと達成したじゃない。
 これで店に何人来たとしても、誰に話しかけてるか絶対間違えないよ。安心して。

 はい、今日もアイスコーヒーのグラスで悪いけど、たまにはソフトドリンクで乾杯。
 健全にオレンジジュースからのスタートってのもアリなんじゃないかな。
 改めてよろしく、ニート先生。