3rd Drink


 2X17/6/15 PM 22:30 天気:快晴

 ごめんね。ちょっと手伝ってもらっていい? これ。これ運ぶの。
 本当は僕一人でもできるっちゃできるんだけど、せっかく他に人がいるから手伝ってもらおうと思ってさ。いいかな。こっちこっち。

 ご覧の通り。こちらがさっきの衝撃音の発生源だ。しかし完全に気失っちゃってるね、これは。仕事は今週あたりまでが山だって言ってたもんなあ、そういえば。
 この人、うちの常連さんなんだ。25歳の社畜サラリーマンで、僕の初めてのお客さん。顔立ちがちょっとかっこいいって思った? 当たり当たり。ちょっと目つき悪いけど、常連イチのイケメン。
 若いわりにはいいスーツ着てるでしょ。黒地ストライプのスリーピース。スタイルよくなきゃ着れないよね。水色のシャツも生地に張りがあってしっかりしてる。ちょっとできる人はスーツもそうだけどワイシャツにもお金かけるみたいだよ。ネクタイは少し光沢があるけど、無地のネイビーだからシンプルでいい。
 時計はね、今日はなんか変なのしてる。いや、文字盤のフォントも変わってるけど、数字の位置がバラバラなんだ。普通、時計の文字盤って12, 1, 2……って順に右回りに並ぶだろ。でもこれ、本来12がくるべきところに8が位置してるし、6があるべきところには2……とまあぐちゃぐちゃ。濃いブルーのデザインは素敵だけど、これじゃ何時何分か把握しづらそうだ。ビジネスでこんなのつけてて遅刻とかしないのかな。結構な時計好きでちょいちょいいろんなのしてくるんだけどこのデザインのは初めて見たなあ。ボーナス今月だったらしいから、それで買ったのかもしれない。いくらするんだろうね、これ。
 黒の革靴も入念に手入れされてるだろう。彼はね、とにかく靴だけはきれいにするんだってさ。上をどれだけ着飾っても足元がボロボロじゃお里が知れるからって。なんでもビジネスで成功してる人はみんな靴をきれいにしてるとか言ってね。
 言いたくないけどかっこいいし仕事できるしお金もあるし、言い寄ってくる女の子も多いらしいんだけど、一切興味ないんだって。無愛想と仕事中毒とアルコール中毒を兼ね備えててもこれだから、世の中やっぱり顔とお金か。世知辛いねえ。
 ちなみにこの店で一番イケメンなのは僕だから、それは忘れないでね。

「……人をじろじろ観察するな、気色悪い」
 あ、気がついた? よかったー。おはよう。元気?
 過労でふらふらになって来ることはよくあったけど、ドアに直撃してぶっ倒れるってパターンは初めてだったから心配したよ。五徹して打ち上げまでやったんだって? よく死ななかったね。決して初めてじゃないだろうけどさ。
 よし、僕に悪態つけるくらいだから元気そうだし、改めて紹介しよう。
 彼はバカラくん。名前がバカっぽいけど頭は切れるから会社でも本当に活躍してるみたいだし、何の仕事をしてるかは聞いたことないけど大きな会社に勤めてることは間違いない。これだけ働いてくれるんだから会社からすればいくら払ってでもキープしておきたい逸材だろうね。普段はガムとコーヒーと酒しか摂取せず夜中早朝休日問わず仕事に励んで出所を問いただしたくなる額の金を稼ぎ続ける永久機関だよ。今日はちょっと調子悪そうだけど。
「お前の紹介は無駄が多い。……帰るぞ」
 そりゃ失礼。仲がいいからついこんな感じになっちゃうんだって。ごめんね。お前と仲良くなった覚えはない、なんて顔しないでほしいんだけどね。
 それに帰るなんて言っときながら、目も開けずに入口付近で寝っ転がったまんまじゃない。僕らは過労が原因ってわかるけど、そのへんの人が見たらどっからどう見てもただの酔っ払いだよ。しかも帰るって、行先は家? それともオフィス?
「いや、さすがに今日は自宅に戻って仕事をする」
 キチガイだよね。
 とりあえずさ、僕らで運んであげるからせめて店の中に入ろう。奥のテーブル席に突っ伏しちゃっていいから。うん。 


 で、さて、家帰る途中でわざわざうちに寄ったなら酒飲みに来たんだろ、当然。
 そこのお客さんにはさっきカシスオレンジを出したけど、多分それじゃ物足りないだろうね。というわけで、もはや死体と間違われてもおかしくないバカラくんにぴったりのお酒があるよ。大方何が出てくるか予想はついてるだろうけど、どうする?
「もらった」
 やれやれ。
 うん、お願いだから君はこんなのみたいにならないでね。普通が一番、普通が。

 準備する材料は、ブランデーと、カルバドスと、スイートベルモット。材料からお分かりの通り、味は甘め。
 うーん、出す酒が酒だし、本当なら長く語るところではあるんだけど、君ももうごたごたで疲れて帰りたいだろうからできるだけ端折るよ。

 今回作るカクテルは、同じ名前なのになんとレシピが4つ存在する。上のレシピは一番スタンダードな「No.1」だ。
 指定がない限り、基本的には上記の材料をステアして作る。「No.2」以降はね、まあ気になるかもしれないけどいいよ別に覚えなくて。割愛割愛。
 だってね、そもそもこの酒自体があまり出ないのに、さらに別レシピなんて珍しいところ行くようなマニアはごくごく普通のバーにはいないから。たまたま知って気になって、というのはあるかもしれないけど。メニューも見ずにそらでそんなの注文した日にはきっと困られるか驚かれるか、後者の場合は店の人間にほぼ確実に存在を認識されると思うよ。それがいいかどうかは人によるだろうけど。僕はシャイだからやりたくてもできない。
 材料にある「カルバドス」は、簡単に言ってしまえば「特定の地域で作られた」リンゴの蒸留酒だ。ブランデーってのはブドウの蒸留酒だろう。それのリンゴバージョン。ちなみに「特定の地域で~」ってのは外せない条件で、この地域外だとカルバドスにはならない。シャンパーニュ地方で作られたスパークリングワインしかシャンパンとは言わないのと一緒。
 この話はこれで終わりにすべきではないんだろうけど、続きが非常にややこしい。今日は君も疲れてるし、やめとこう。
 長くなっちゃったけど結論、リンゴ味とブドウ味とスイートベルモットっていうなんかハーブっぽい謎の甘い味のお酒をいい感じに混ぜたカクテルってことがわかればオッケーだよ。


 バカラくん、おまたせしました。はい。コープスリバイバー。
 しかし材料はかわいらしいのにふざけてるね。この世の闇しか感じられない名前だよね。
 かわいらしいって言ったところで、酒しか入ってないんだけどね。
 死人も酒を飲めば蘇るってさ。疲れた体に迎え酒って。そんなアル中ご勘弁だよ。
 なんて言ってるそばから案の定水のごとく飲み干しちゃうし。相変わらずペース早いなあ。また突っ伏すのはいいけど、ちゃんと帰れる? もうぐだぐだじゃん。さすがにコンディション悪すぎて飲んでも復活できないか。
 お会計はもう後日でいいから早く帰って。家まで送ってくから。

 本当にすまないね、バタバタしちゃって。搬送手伝ってくれてありがとう。
迷惑かけちゃったし、さっきのお酒はお金とらないからさ。今日は一旦解散だ。


 ……カバン?
 そうそう、さっき彼を観察したときカバンがなかったもんね、よく気づいたね。あれはね、入り口付近に隠してあるけど内緒にしといて。明日の朝責任をもって届けるから大丈夫。
 たまには仕事なんてしないで家で寝る幸せを覚えた方がいいからね。
sage