6th Drink

 2X17/8/23 PM 19:30 天気:曇り

 やあいらっしゃい。オープンから来てくれてどうもありがとう。
 なんだろう、なかなか晴れないね。8月だっていうのに雨ばっかりだし、ちょっと晴れたと思ってもすぐ曇っちゃうし。
 おかげで野菜も不作だから値段上がっちゃうし、その影響かは不明だけど今年の夏はミントの葉っぱも不作らしいんだ。植えときゃ増える草だと思ってたんだけど、どうやらミント不足に悩まされてるバーもそれなりにあるみたい。草も生えないとはよく言ったもんだね。
 うちはモヒートやミントジュレップがしょっちゅう出るような店じゃないし、特に被害はないんだけど。あ、ミントジュレップってケンタッキーダービーのオフィシャルドリンクらしいね。本場じゃ飲みながら観戦するとかしないとか。僕はあまり賭け事しないからそういうの詳しくないけど、ビール飲みながら野球観戦みたいなものなのかな。夏場の爽やかな青空の下で観戦しながら楽しむバーボン、ミント、ソーダ。いいなあ。なんか素敵だね。

 昨日はお店お休みだったんだよ。火曜日は定休日。ごめん、言ってなかったかも。
 え? 先週の火曜日は店の鍵が開いてた上に変な人がいた?
 それさ、身長高い巻き毛の美人さんじゃなかった? 言葉遣いのきたない。
 ああー。あー。それは災難だったねえ。普段は鍵かけて誰もいない状態にしとくんだけど、たまに彼女に鍵を貸すんだ。前に話した大酒飲みで気の強い女の子だよ。メイクバッチリ、ギャルみたいな子だったでしょ。きれいにカールしたミルクティー色のロングヘアーが自慢みたいだよ。結構初対面だといろいろな意味できついから、できれば僕から紹介したかったんだけどね。あー大丈夫かなー変なこと喋ってないかなあ……。

 今日はどうする? 一杯目はビールにする? そうだね、それから考えようか。
 君はきっと、よく考えてから決める人だから。
 それで、彼女の名前はね、
「こんばんは、お疲れ様です。……ごめんなさい。お話の途中でしたか」
 あ。いえいえ。大丈夫。いらっしゃい。どうぞ。
 紹介しよう。このお客さんはうちの常連さんの中で一番年下だけど、一番の常識人。
 うちの店問題児が多いから、こういう人にストッパーになってもらわないとね。
「その、面白味はないかもしれませんけど……。あ、フィズです。こんばんは」
 そう。彼はフィズくん。
 グレーのスクールベストがよく似合う、シャイボーイ18歳、高校3年生。

 高校生がバーに来て大丈夫なのかって疑問が真っ先に浮かんだだろうから、お答えしよう。
 誤解しないように、うちは当然未成年飲酒バツだよ。だから彼にはアルコールの入った飲み物は出さない。
 彼が初めてこのお店に来た時、未成年だけど入っていいですかと聞かれたから、成人するまで酒は出さないという条件で許可した。それを彼も承諾したからね。何も問題はない。
 あ、他店のルールは知らないよ。ただ、正直に交渉するのはちょっとかっこいいよね。
 うちの店にも成人を装ってまぎれこんでくる悪質な未成年がたまにいる。でもちょっと会話するだけで一瞬でわかっちゃうから、そういうのには冷たい牛乳出して返しちゃう。そこはお茶漬けじゃないんだって、確かにそうだけど。だってさ、ちょっとバーっぽくないじゃない。

 フィズくん。そこでビール飲んでる人はね、ニート先生。
 最近来てくれてる、出版社の作家さんだよ。
「そうなんですか。先生、改めてよろしくお願いします」
 はい、礼儀正しくてよろしい。挨拶は人間の基本だからね。さて、ご注文をどうぞ。
「それじゃあ、ジンジャーエールで」
 了解。ちょっと待ってね。


 彼ね。芯は強いと思うけど、ちょっと目立たないところがあるよね。これといった特徴がない。一言でいえば、繊細、というか。ひ弱、かな。
 背はそこまで高くない。優しそうな顔立ちで、寂しそうな目をしてる。何より、あまり人をまっすぐ見ようとしない。体力もなさそうだ。注目を浴びるのを極度に嫌がってるというか、怖がっているというか。争い事が好きじゃないんだね、きっと。
 先生がここに来る前からずっとそうなんだ。なんでも結構前から学業の成績が伸び悩んでるみたい。受験のことで親御さんからあれこれ言われてるとか、その辺もあるんだろうけどね。プレッシャーに弱そうだし。
 根は努力家だろうから、周りから的確なサポートを得て弱い部分を克服できればうまくいきそうなもんだけど。


「……え、どうしたんですか、それ」
 お待たせしました。これ、君の。今日のジンジャーエールには、少し手を加えてみたよ。
「なんか……おしゃれですね。下の部分が透き通った赤になってる。これ、何ですか?」
 それはね、グレナデンシロップっていうザクロのシロップだ。きれいな色をしてるでしょ。

 これ、シャーリーテンプルっていう、お酒の入ってないカクテル。
 有名な子役の女優さんの名前を拝借したみたいだね。勝手にカクテルの名前にされて、本人は困惑してたらしいけど。そりゃびっくりするよね。
 ただ、どうもここのシャーリーテンプル、いわゆる標準とされているレシピとは違うっぽい。僕もちゃんと調べるまで、全然知らなかった。てっきりうちが標準だとばかり思ってた。
 ジンジャーエールを使い、シロップを使い、レモンを飾るところまではおんなじだ。
 でもシロップの分量は20mlって書いてあるところ、うちは5mlだけ。バースプーン一杯分。
 しかも入れた後混ぜるらしいんだけど、うちのレシピでは沈めておしまい。
 シロップが入るから辛口のジンジャーエールは避けてくださいと書いてあるけど、ここではしっかり辛口を使う。あとレモンも絞って酸味も出す。
 標準のレシピだと赤くて甘いカクテルができるけど、僕のは金色と赤に分かれた、酸味のあるピリ辛カクテルになる。この店、甘さ控えめ好きなんだよね。ここまで何度このフレーズを多用したかわかったもんじゃないよ。
 滅多に他所でも頼まないから、何が正しいのかはわからない。でも、うちはこれだと信じてやってきた。
 まあ、郷に入ってはなんとやらということで。お召し上がりください。


「僕は、これが正解でいいです。ありがとうございます」
 よかった。ではどうぞ、ごゆっくり。
 ちなみに同じようにグレナデンシロップを沈めるカクテルだと、テキーラサンライズとかがあるよ。大まかな材料はテキーラ、オレンジジュース、最後にグレナデンをちょこっと。オレンジと赤のグラデーションが朝焼けの空に見えるから、サンライズって名前なんだと思うよ。テキーラはクセの強い味がするお酒だけど、オレンジジュースもシロップも入ってるから、テキーラの味が苦手な人でも飲めるかもね。
 このあたりだと君はまだ飲めないけど、二十歳になったら店で出してあげる。といってもここ、君が二十歳になる年に閉まっちゃうから、タイミング逃しちゃったら他の場所でどうぞ。
「いえ。最初の一杯は、必ずこのお店でいただきます」
 そう? それは嬉しいね。
 では君の成長に期待して、とっておきの一杯を用意して待ってるからね。


「あの、素朴な疑問なんですが、どうしてこのお店は三年間しか営業しないんですか」
 ん? それはね。そうだね。
 いろんな土地でいろんな人と会うスタイルが好きだから、かな。
 あと僕飽きっぽいし。別に三年である必要はないんだけどね、とにかく一つの土地に長居はしないようにしてるんだ。
「そうなんですか。……ジンジャーエール、結構舌に来ますね。ぴりっとしました」
 でしょ。それが大人の味。今日はちょっとだけ、大人扱い。


 先生、本当にそれだけかって言いたそうだね。
 あ、ビール終わっちゃったよ。次は何飲む?
 夜は始まったばかりだし、たくさん悩んでいただいて。僕はいつでも準備万端だからね。
sage