一.ふつうのひと

 ――普通の目に産んであげられなくて、ゴメンね。
 時折、母はそう言って私の頭を撫でた。
 時折、というのはアトランダムにではない。それはたとえば、私が運動会で思うような成績を奮うことができなかったとき。それはたとえば、私が小学校から俯きがちに帰ってきたとき。またあるいは、上手く自転車に乗ることができずに転んでしまったとき。
 要するに母は、私の身に降りかかる全ての不幸をこの“目”に繋げたがるのだ。
 この、両目に。
 それをこうして声に出して発散することで、己の罪悪感を昇華させようとしている。あまつさえ、良き母を演じようとしている節すらある。要するに母は、阿呆なのだ。
「なにを、言うてますねん。他の人と違ったって、これはお母さんからもらった大切な目やで。それに、世間には目の見えない人だっておるんや。多少、目ェが斜めっとるくらいで文句言うてたらバチあたるわ」
 だから私は、母の“発作”が始まったときは必ずこの美しい母娘愛ごっこに付き合ってやることにしていた。決まって、少しふざけたくらいの関西弁で。
 なぜなら、私たちの家族は、これで上手く回っているのだ。
 母は私を不憫に想う。私はその気持ちを汲み、現状に感謝していることを声に出して伝えてやる。そうすることで母は満足する。家庭には常に微笑みが漂っている。夫婦仲だって、こんな厄介な娘を抱えた割には良好だ。
 すべて良好。オール、グリーン。
 こんな理想的な家庭環境を私ひとりのエゴでぶち壊すなんて、そちらの方がよほど大罪だ。だから私はなにも言わない。「いちいち目のことほざくなや!」なんて言わない。「気にしてんねん、こっちは!」なんて言わない。「したら、最初はなっからこんな目で産むなや!!」なんて、口が裂けたって言うはずがない。
 なぜなら、母は阿呆だから。
 私が一歩、いや二歩三歩、歩み寄ってやる必要がある。
 それが、福富家の暗黙のルール。誰にも悟られず、私ひとりで遵守している。私なりの、処世術。来月は十歳の誕生日。