彼がずっと、まだ完璧な嘘をついているなら

19.彼がずっと、まだ完璧な嘘をついているなら

この前、端つなぎのロープウェイに乗っていたら、ドアに映る自分自身と喋っているお婆さんがいた。どうにも、こっちの世界が偽物で、自分が映り込んでいる世界が本物でいるような具合で「あなた、そっちによけないと私の後ろの人に邪魔よ」とか「私の横の人に、少し狭いって言ってくれないかしら」とか、周りに「お聞き苦しくてすみませんねぇ」なんて言っていた。なかなか面白い人だったけど、話しかける気にはならない。

駅に着いてから、街をふらふら歩き買い物をしてなんとなくバスに乗ってメルロ=ポンティの『知覚の現象学』を開きながらシートに揺られる。とろけるような座席と自分の頭。触れるものと触れられないもの。そんな風にしていると突然、なんだかとても悲しい気持ちになって泣きそうになってしまう。いつのまにかポロポロと涙はこぼれていた。なぜかはわからないけれども、急に胸の奥をグリグリといじられているような、ひどく悲しい気持ちに。

小学生から中学生ぐらいの頃、クラスメートに自分の頭の中を覗かれてると思ってずっとビクビクしてたことがあったけど(これは今は全然ない。思うに統合失調症か何かの諸症状だったのかもしれない。できればもう出てほしくない)、その電波が心の隙間に入り込んできたような気分。とにかく悲しい。自分の気持ちに嘘はつけない。しばらく外の風景を眺めていたら収まったけれども。

あれは一体何の悲しさだったのか、虚しさだったのか、惨めさだったのか。自分の孤独や虚無に対してだろうか。それとも他の何かだろうか。世間はメリー・クリスマスと浮かれている。ならば、それにファック・ユーと言ってやるのが自分の仕事なんじゃないだろうか。どんなに浮かれても、現実はすぐそばにあるし、一歩足を踏み外せば、自分のような人間になるんだよ、という親切心と世間への不満と世界そのものに対する意味のない虚無感を抱えて。それらすべてを中指一本に込めて。