三の四

「おう慈乃、ハラにガキでも入ってんのか?」
 銀乃介にからかわれ慈乃は頬を真っ赤に染める。
「うるさいな、良いの。明日になればちゃんとへっこむもん」
 そう言って振り上げた手が銀乃介の背でいい音を立てる。
「でも本当に美味しいお肉だった、私も食べ過ぎちゃった。響、ご馳走様」
 出ている訳でもない腹をさすりながら千代が言った。
「これくらい良いさ、給料も増えるし」
 口座で眠らせておくばかりになるよりは世の中に回した方が良いだろうとは思っているのだが、いかんせん高校生の身としては金の使い道などある訳もない。
「減給決まった大人の前で言うもんじゃないわよ、そんなこと」
「慈乃に追いつかれないようにな」
「まあ……頑張るしかないわよね」
「何の話してるの?」
 と、いつの間にか慈乃が寄ってきていた。
「ぼやぼやしてたらお前に追いつかれるぞって、千代のこと脅してた」
「何それ」
「三段リーグ、一発で抜けろとも言わないけど、居着いちまうと抜けられなくなるからな。お前なんか特に、普段からボーッとしてんだから、気を付けろよ」
 リーグを勝ち抜けずに停滞している人間の中には、のらりくらりと下級に居座っているプロよりよほどに強いような人間もいる。実力はあっても長年の停滞で三段リーグの空気が染みついてしまった、そういう人種だ。
 慈乃は一寸考えるような間を見せた。その間こそが慈乃の気迫の足らなさの証明であり、響たちを不安にさせる。
「響ちゃんは私がプロになったら嬉しい?」
 こうした質問ですら平然と口にする。
 何が何でもプロになりたいという意志が慈乃には欠片も無い。響たちも既に何を言っても無駄だということを理解しており諦めていた。むしろ下手なことを言ってやる気を削ぐ方が良くないと。
「お前は、なりたいとか思わないのか?」
「プロとかは良く解らないけど、でも、響ちゃんと名人戦やってみたい。家でするのも楽しいから、それが名人戦だったら、きっと一番楽しいもん」
 真剣に将棋と向き合っている人間が聞けば激昂しても不思議ではない発言だが、天才とは得てして不条理な存在なのだろう。
「だったらプロにならないとダメだろ」
「だよねえ。なれるかな?」
「そんなこと……知らねえよ」
 何年付き合ってもやはり苛立ちは感じてしまう。
 乱暴に会話を打ち切った響に慈乃も機嫌を損ねたことを察したのだろう、途端に大人しくなる。
 妙なところで敏感なヤツだと、そういうところがまた気に食わない。
「師匠倒して待っててやるから、お前もさっさとプロになれ」
 それでも無意識のうちに続いた言葉は、将棋指しとしての慈乃に対する評価の大きさが口を動かしたのだろう。
「うん!」
 途端に明るくなる慈乃が憎かった。