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      九の一

 放送協会杯二回戦第一八局の収録日、響は、本局と同時進行で収録される局面解説の為に、国営放送協会の撮影スタジオへとやって来ていた。
 自身の対局では既に何度か訪れているが他人の将棋を解説するのは初めてのこと、とは言え王竜戦第一局の衝撃的な敗戦から一週間と経っていない日程では緊張する間すら無く、聞き手役の岩手恵子女流三段は放送協会杯では六年近くも聞き手を務めている超ベテランであるし、こちらが頼りにならないことが解れば巧くまとめてくれるだろうと、始まる前からすっかり頼りきるつもりでいる。
 本番開始直前、初対面のつもりで頭を下げた響に、岩手は『そりゃ覚えてないわよね』と苦笑した。

「皆様おはようございます、聞き手を務めさせて頂きます岩手恵子です。
 二回戦第一八局となります本日は注目の組み合わせ、島津銀乃助七段対加藤虎之助八段。
 先手の島津銀乃介七段は順位戦B級一組、王竜戦は二組の所属。生粋の居飛車党で棒銀一筋、型にはまれば絶大な破壊力を発揮する将棋は鬼島津流と呼ばれ棋界の内外から広く人気を博しています。若手注目株の人気棋士です。
 後手の加藤虎之助八段は順位戦A級、王竜戦は一組の所属。一度食いつけば決して相手を逃さない、闘犬のような怒濤の攻め将棋が持ち味。今年度の棋天位戦では惜しくも敗れタイトルを失いましたが、この放送協会杯での捲土重来を期しています。
 解説はただ今巷の噂を独占中の高校生棋士、浅井響七段です。よろしくお願いします」
 プロレスでも実況するかの如く始まった場に、放送協会杯はここまで煽りの効いた解説をしていただろうかと内心動揺しつつも、
「どうも、よろしくお願いします」
既にカメラが回っている現状、醜態を晒す訳にはいかない。
「本日は両対局者共攻め将棋一本の棋風ということで、過激なぶつかりあいになると予想されますが、その点浅井七段はどう見ますか」
「島津七段は、まあ棒銀でしょうから、まずは加藤八段がどう受けるかでしょうかね」
 ここでカメラが切り替わり、対局室の盤を上方から覗き込む図になる。
 マイクに音が入らないよう注意して、
「毎回こんなにテンション高いんですか?」
問うと、
「今回は特別ですよ。浅井先生目当てで見る将棋初心者を釣り上げようって、会長直々のお達しで、若者に『将棋はカッコイイ』っていうイメージを持ってもらう為に」
「はあ……イメージですか」
「結構なブームになってるんですよ、高校生のタイトル挑戦って御陰で。それなのに肝心の挑戦者は露出が全く無いから、ナゾがナゾを呼んでどんどん関心が高まって」
「そうなんすか?」
「テレビくらい見て下さい。将棋の神様に愛されてる天才って、最近じゃ一日一回は映りますから」
逆に呆れられる始末だった。
「その為に激しくなりそうな組み合わせ選んだんですから、本当にお願いしますよ」
 そうこうしているうちに手は進み、
 ――先7六歩、後8四歩、先2六歩、後8五歩、先2五歩、後3二金、先7七角、後3四歩、先8八銀、後7七角成、先同銀――