解説室の隣、対局室のセットが組まれたスタジオへ向かうと、空打ちの駒音がやたらと高く響き渡っていた。
 感想戦の最中、銀乃介はいつも通りに、会心と言って良い内容の勝利でも顔つきを崩すことはなく、加藤八段は、内容に納得がいかないのだろう、自信のふがいなさを噛み締めるような苦々しい表情、双方口に咥えた煙草は放送時には編集されているだろうが、知らぬ人が見れば任侠映画の撮影と勘違いするだろう雰囲気が漂っている。
 対局者の邪魔にならないよう、響たちは静かに脇に上がった。
「――素直に成らせた方が良かったな、こりゃ。角殺されてからは一本調子だ」
 加藤の重々しい言葉は四〇手目、5六飛に対して4二玉と受けたところらしい。
「そっすね……2八馬から5三飛成に歩で受けますか」
「5二飛は?」
「いや、5六香車で」
「ああそうか、香車あんだな……あー、畜生、見えねえ時はとことんダメだな。5二歩に5六竜と引いて、2九馬、2七香か」
「で、一度お互い玉に手付ける感じですか。そっから歩垂らして桂跳ねられて1三成香が理想っすけど、2八馬とケツ突かれると2三成香が焦らされて嫌か」
「あー、畜生、さっぱりだ……とんだヘボ将棋指しちまったよ」
 加藤が大きく息を吐いた隙に、すかさず岩手は割り込んだ。
「お二方ともお疲れ様でした」
 さすがに手慣れており、本職のアナウンサーも顔負けの進行スキルである。
「放送協会杯史上稀に見る大激戦という感じでしたが、島津七段はどうでした?」
「そうですね……序盤から加藤先生乗ってきてくれたので、出来過ぎかなって感じです」
 そこでようやく響に気が付いたのか、目を丸くして、
「お前何やってんの?」
「いや、解説だけど」
危うく身内の雑談になりかけたところだったが、岩手が加藤へと話を向けた。
「加藤八段としては、振り返って敗因はどの辺りでしょうか」
 直後に尋ねるには厳しい質問だが、これもファンサービスということだろうか。
「畜生だよ、俺がバカした。本当に情けねえ、ひでえ将棋で島津にも申し訳が立たねえよ……正直島津を甘く見てた。負けてから考えると、もっと別の指しようがあった」
 悔やんでも悔やみきれないという風に空打ちを繰り返す姿は、昔ながらの頑固親父そのものである。
「余裕があると勘違いしてたせいでこれだ、もっと焦るべきだった……泣きてえや畜生」
 加藤はそうぼやくと、ふと響を見て、
「浅井と指してみたかったんだがなあ。畜生、負けちまったよ」
 岩手が頬笑みながら、
「浅井七段、ここでも大人気ですね」
「ウチの娘がよ、駒の動かし方も知らんのに、ファンだとかヌカしててな……親父の将棋は見向きもしねえ癖に。面白くねえからぶっ潰してやりたかったんだが」
感想戦のはずが殆ど居酒屋トークになっている。
「んじゃ、加藤先生の代わりに俺がぶっ潰すとしますか。どうぞ娘さんによろしく」
 銀乃介が雰囲気を崩して軽快に言うと、
「ウチの娘、まだ小学生だぞ」
答える加藤の目は笑っていない。
 本日の勝者が三回戦で当たるのは、先日二回戦勝ち抜きを決めた響である。