九の二

 収録終了後、響は岩手から一枚のカードを貰った。例のご祝儀らしい。
「ほら、連盟公認で将棋のアーケードゲームが出たでしょう。私も出演したからメーカーさんに頂いたんですけど、ゲームセンターとか行きませんし、使って下さい」
 このカードで登録すればゲームを無料でプレイ出来る、所謂スタッフ用のフリーパス的なものらしい。響はゲームセンターなど殆ど行った経験もないが、この将棋ゲームは以前から耳に入っており、それなりに興味もあっただけに有難い。
「有難うございます、早速やってきます」
「あんまりゲームにはまって、成績落とさないで下さいよ。王竜戦、本当に応援してるんですから」
「はあ、有難うございます」
「まだまだですが、今の私があるのは浅井七段の御陰ですからね……そっちは覚えてないでしょうけど」
 随分と解らないことを言うと、かつてのことをすっかり忘れている響はそんなことしか感じなかった。

「で、言われたまんま貰ってきたと」
 スタジオからの帰り道に早速一局試してみようと、その手のことにも詳しそうな銀乃助に声を掛ければ案の定、設置している店舗まで押さえており、連れ立ってゲームセンターへ向かうところだ。
「ああ。岩手先生と話したの初めてだけど、優しい人だな」
「将棋さえ絡まなきゃどこまでも単純だな、お前は……ってか、何も覚えてねーの?」
「何が?」
「お前、奨励会の頃に岩手さんと会話してるよ」
「はあ? 何でお前がそんなこと知ってんだよ」
 土曜の夕刻を迎えようかという頃、人通りの多い繁華街を行く。ニュースで取り上げられているなどと岩手は言っていたが、かといって、有名人のように呼び止められることはない。プロとして生きる棋士とは言え、盤を離れれば街を行き交う風景に溶け込むことも容易い。
「俺もその場にいたからな」
「そんな他人のどうでもいいことまで、よく覚えてんな」
「それどころか、一局指してるぞ」
「マジか……全然覚えてねーや」
「まあ、お前の御陰だって言えるならあの人も本物だったんだろ」
 そうしているうちに目的のゲームセンターに辿り着き、場所に慣れない響は室内を覆う独特の暗い雰囲気と耳をつんざく轟音にどぎまぎしながらも、銀乃介の後を追って目的の筐体を見つけた。
 有頂天将棋、それがゲームの名前である。
「ほれ、やってみろよ。案外おもろいぞ」
「何、どうやってやりゃ良いの」
「カード読み込むところあんだろ、そこにカード当てて……そう、で……あー、岩手さんホントに一回もつかってねーんだな」
 銀乃介の指示通りにカードを読ませると画面が切り替わり、ユーザー登録らしい、プレイヤーネームを入力する画面が出てきた。
「で、登録終えたらCPU対局かオンライン対局か同店舗対局か選ぶだけ」
「名前はAzaiでいっか……ってかやけに詳しいけど、やったことあんの?」
 銀乃介は答えることなく煙草を咥え、懐にしまっていた財布から響のものと同じカードを取り出すと、隣接している筐体に読み込ませた。
「俺はこのゲーム出てんだよ。岩手さんと同じカードメーカーさんからもらってんの……あと千代も出てんぞ」
 筐体の脇に置かれていたリーフレットを指しながら。見れば確かに竹中や小寺といった一流どころに並んで銀乃介や千代の姿も映っている。
「タイトルホルダーとA級、それに上位女流と人気の若手っていう基準だったか。お前の名前も若手枠で挙がってたらしいけど、どうせ断られるってんで依頼しなかったんだと」
「へえ、そうなんだ」
 選考基準を聞いてから、改めて出演棋士を眺めてみると、いるべき一人が欠けている。
「ウチの師匠は?」
「外すわけにいかないから依頼は出したけど、結局相手にされなかったとよ。偏屈師弟が」
「まあ、そういう意味ではこっちとしても楽なんだけどな」
 こういう事に関しては師匠が六角で良かった――自分が無愛想でも師匠がアレでは文句も出ない――などと考えながら、タッチパネルを操作して初回登録を終わらせる。
「で、どれ選べば良いの?」
「オンラインの方は敗者ペナルティあるから遠慮しろ、CPUは家庭用ソフトの延長レベルだから相手にならん」
「何だよ、結局お前とやんのかよ」
「プロなんてそんなもんだ。エフェクトは面白いから、駒組むだけでも気分転換にはなる」
 言われるままに同店舗対局を指定、隣席の銀乃介との、一風変わった将棋となる。
「持ち時間五分、考慮時間は三〇秒三回、切れたら一手十秒」
「随分早指しだな」
「回転良くしなきゃ銭が落ちてこないだろ、大人の事情だよ」
 場が変わっても相手が同じであれば習慣は抜けないものなのか、両者共にお願いしますとゲーム画面へ礼をした。