『控え室では浅井の8四歩に早くも驚きの声が挙がっていた。初手2六歩は後手振り飛車の幅を狭めながら相居飛車はどうかと打診する手、後手は提案に乗った形になるが、果たして先手は受けて立つことを想定していただろうか。やあやあ我こそは、と名乗りあってから斬り合うが如き古風なスタイル。浅井の将棋としては少々意外な幕開けだ。
「浅井君の相掛かりってどうなの?」
 吉川八段が尋ねると、
「アリです。公式戦でも二、三局指してるんじゃないかな」
島津七段が即答。棋譜管理用のパソコンを持ち込んでいる乾四段が早速検索すると結果は二局(後手二回)、まだ数は少ないが全勝という数字。
 ――VSでは良く指されるんですか?
 島津七段に尋ねると、
「そういや一昨日に丁度指したっけか。意外性を狙ってとかでは無いでしょう」
 ――死んでも振らないと公言している島津七段的に、浅井七段の居飛車はどうですか?
「そりゃ俺よりは弱いです」
茶目っ気のある答えである。
「ただ、振るイメージで語られますけど、元は居飛車ですからね。俺が散々虐めたせいで振るのを覚えたって感じで」
 ――というと、研究会を始めた頃から?
「積極的に振るようになったのは……中学に入る少し前くらいからだったかな、それからはこっちも大分余裕が無くなりました」
 浅井の振り飛車は切磋琢磨する仲間を乗り越える為に身に付けた技であった。人に歴史ありということか、中々に興味深い過程である。

「しかし、浅井君は何かあったんか。盤前でヤバイ空気出すのは元からやろうけど、今日はちと雰囲気ありすぎや」
 対局者の前では平静に見せていた小寺二冠も、やはり何か感じていたらしい。
「ホンマ今日の記録係の子は可哀想や……自分の対局ならともかく、あんなんと何時間も同じ部屋におったら気が狂うで」
「肌が白いのって、アレ化粧ですよね、口紅も。おしゃれって感じでは無いし」
「何か隠すような化粧だけど、体調悪いのかな」
「正直、死に化粧みたい。綺麗だけど怖いっつーか……島津は何か知らないの?」
 問われた島津七段は、
「さあ……でもまあ、それこそ死ぬ気でやらなきゃ今のアイツは勝てないでしょうから」
怖い事をサラッと言う。
「死狂いですよ、死狂い。第一関門は突破したという事でしょう」
 自前の扇子で膝を叩きながら、本因坊はどこか嬉しそうに語った。(続く)』


 ――先7八金、後3二金、先2四歩、後同歩、先同飛、後2三歩、先2六飛――