『正午前、竹中は浮き飛車を選択し、昼食休憩に入った。
 定番となっている対局者の食事紹介の為に関係者から聞き出していると、
「前から思ってたんだけど、対局者の昼食とかおやつの情報って本当に必要なの?」
と、笑顔の吉川八段がいじわるな事を言う。
「でも、俺も、六角先生が何を食べているかとか、ちょっと気になりますよ」
 乾四段からの有難い援護射撃である。ちなみに六角棋天の食事ネタは記者ですらも知り得ない連盟最大の謎(御本人の意向という訳では無いらしいが公開して貰えない。いっそ無愛想な謎キャラで売り出そうという連盟の戦略だろうか)。
「霞とか食って生きてそう」
「まさか。でも、健康にも気を遣ってないとあの年まで現役で指せないよね」
「ありゃ昔から酒も煙草もやらんから。本当に修行僧みたいな生活しとるわ」
「修行僧通り越して仙人みたいなイメージあるけど……やっぱ桃とか食べてんのかな」
 それぞれ島津七段、吉川八段、京極九段、小西六段の発言。
 六角棋天の食事をネタにして盛り上がっていると、
「そういや、この前の棋将の時はステーキ食うたみたいですよ」
小寺二冠から、思わぬスクープが飛び出る。
「自分も興味あったんで、六角先生と同じモンって頼んどいたんですわ。そしたら分厚いステーキ出てきて、ホンマビビりましたもん」
 あの年でステーキという事実に一同驚愕。体力を要する対局を勝ち抜くだけあって一流棋士には肉食が多いのだろうかと思いきや、
「私は、自分の対局の時はあまり食べられないなあ。胃が細くなっちゃって」
と吉川八段は言う。小寺二冠などは「食べ過ぎると午後イチの眠気が困る」とまで言っており、棋士にも様々なタイプがいるということだろうか。
 暫く続いた昼食談義に区切りがついても、初日はのんびりと進む序盤、控え室のムードが変わることもない。それぞれ昼食をつまみながら、本因坊直々の囲碁講座が続く。
「一日目ですから、しばらくはこっちもゆったりで」
 語る島津七段は打ち慣れているらしい。駒が石に変われども、鳴らす音の気持ちよさは変わらない。
「将棋でボコボコにしてばっかだと可哀想ですからね、たまには負けてやらないと」
 ――将棋の方はどうなんですか?
 楽しそうに五面を打つ本因坊に尋ねると、
「三段はありますよ」
 自信満々に言い切るが、その裏では島津七段が有り得ないというゼスチャーをしている。それなら私も後で一局とお願いしてみると(碁の借りを将棋で返したいのだ)、本因坊からは喜んでと返事を頂いたが、島津七段が小声で、
「手加減してやって下さいね、マジで……本当は万年級位者だから」
剛毅一辺倒に見えて気の回る男なのだ。
 ちなみに私の棋力はというと、俗に言う元奨である。尤も入品すら出来ずに挫折したのだが(大学二年の冬で二級だった頃、当時中学二年の島津が入会。凄まじい勢いでぶっちぎってくれたので就活が始まる前に踏ん切りがついた)、諦めきれずに将棋にしがみついているクチだ。新聞社の面接でも将棋欄以外やる気は無いとか答えたっけなあ、良くアレで受かったもんだ……って、私のことはどうでも良いか。失礼致しました。

 局面に話を戻すと、
「先手は縦歩や自然流(3七から右銀や桂を出していく)の選択肢もありますが、恐らく相腰掛け銀を選ぶでしょうね」
と乾四段。データを見ると竹中はこれまでに相腰掛けを十四局指しており十勝、かなりの勝率だ。この形は浅井にも一度ある。(続く)』


 番勝負だけを見るならまだ一つの余裕はあるが、ここが将棋指しとしての必死と定めた以上振る気は無かった。初手7六でも2六でも8四と決めていた。相掛かり後手だろうと望むところ、真っ向勝負で斬り合うのみである。
 余計な事をすると糸が切れるので昼食は要らないと確かに伝えたはずだが、流石にそうもいかないらしい、部屋の机には奢侈なまでの食事が用意されている。
 しかし、立派に用意して貰った手間は申し訳無いが、今は視界に入らない。
 食は生者の行うものであり、もしも何かを口にしたらば、その瞬間に生への執着が呼び起こされないとも限らない。これからの四十時間、食事も睡眠も、人間らしい一切を斬り捨てて臨まねば生き抜けない。
 精神を研ぎ澄まさなければならない。
 非合理的な選択に頼ってでも、この身を限界まで細く鋭く、一点を突き貫けるよう研ぎ澄まさなければならない。
 箸を持つ事も無く、響はひたすらに座して再開を待った。


 ――後7二銀、先3八銀、後6四歩、先1六歩、後1四歩、先7六歩、後8六歩、先同歩、後同飛、先8七歩、後8二飛、先4六歩、後6三銀、先4七銀、後5四銀、先5六銀――