『後手からガッチャンと銀をぶつけて6筋の位を取った。後手5二金に対して先手4八金と少々不格好な点は3七桂と跳ねた時に1三から4六という角の動きが見える為やむなし。先手はまずは3七に桂を跳ねてから、後手は4三銀から1三角を狙う。後手8六歩とした時に、同歩、同飛で、先手は銀を7七に上げなければならなくなる為矢倉への入城を視野に4三銀には6九玉……という流れが控え室で検討されている有力な変化の例。まだ優劣を論ずる段階ではなく和やかな空気は変わらないが、それでも考える材料は増えてきた。
「そういや浅井君ってまだ封じ手してないよね」
 封じ手時刻まであと一時間と迫っておりそちらの駆け引きも気になるところと、話題は浅井の封じ手に関して。
「今回狙ってきたりしないのかな、何のかんので一回はやっておきたいでしょ」
「まあ、二日制やるならね」
 ということで今回の封じ手は四手後の浅井だろう、というのが検討の結果。
「このメンツで封じ手やったことあるのって、京極先生と小寺さんと、あとは吉川さんか」
「私のは本当に記念みたいになっちゃったけどね」
 吉川八段の左近位挑戦は今期つい数ヶ月前の話。同タイトルを三連覇している小寺二冠へ挑戦したが、苦い経験となってしまった。
「浅井に先越されたなあ」
「まだ十七、いや十六だっけ……自分はなかなか入品出来なくて、不安で泣いてた頃だ」
 小西六段と乾四段がしんみりとした空気を滲ませながら言い合っていると、
「いやいや、封じ手ならば私もやったことがあります」
と、殊更に明るい調子で本因坊が手を挙げ、そりゃそうだと笑いが溢れる。このメンバーでなくとも、封じ手の回数では日本一を争うだろう。
「碁の封じ手ってどんなんなんですか?」
 若手らしい興味心を隠さずに乾四段が尋ねる。
「多分将棋と同じですよ。赤で丸つけて、ここにこうします、と」
 ――立花先生は封じたいタイプなんですか?
「私はどちらでも。基本的に夜は何も考えずに寝てしまうので、関係ありませんから」
 言った人間が本因坊でなければ聞き流しそうなものだが、棋士達には重みがあるものとして届いたらしい、
「やっぱ二日制は、図太く無いと勝てないよなあ」
吉川八段がぼやくと、
「またまたそんな、僕かて硝子細工のように繊細ですわ。立花先生かてそうでしょう?」
笑いを取らなければ気が済まないらしい、小寺二冠は相変わらずである。(続く)』


 ――先3七桂、後4三銀、先5六歩――