『午後一番の手は予想通り5五銀から。控え室では角銀交換になる5五角、同歩、5三歩などの手順も検討されていたが、5三歩から後手陣守りの金と交換になった。浅井が先手陣を睨む楔の歩を打ち込んだのは午後二時半、三時からの予定となっている現地大盤解説の時刻が近付くにつれて後手が良いという声が大きくなってきた。
「この歩は先手厳しい」
 4六歩の評判が良い。次に5五歩としてジワジワ侵出していく狙いだろう、先手は銀の引く場所を確保する為に6六歩と見られる。
「八十一マス全部使って、駒が生き生きしてるね。これぞ相掛かり、これぞ将棋だ」
 加藤八段が惚れ惚れとしたように呟いた。
 控え室で高まってきた後手良しの空気に、
「アイツがポカしなきゃね」
先程と同じような言葉を繰り返した島津七段を、
「島津はアレだろ、浅井持てないくらい浅井が心配なんだろ?」
加藤八段が豪快に笑い飛ばす。ツンデレか、と誰かが茶化すと、割と当たっていたらしい、恥ずかしがって控え室から逃げ出した。
 ――敢えて後手が気になる点をあげるとすればどこでしょう?
「玉が不安定やから、そこ引き締めんと。逆転なんぞ幾らでもある状況や」
 年中ふざけていそうな人間だが将棋に関する発言は信頼出来るだろう。
「そもそも先手があの人やもん。必勝やと思っとったら必敗でしたなんて将棋はザラやろ、第一局も実質一手でああなったんやし」
 小寺二冠の言葉からすれば、まだ接戦、とした方が正しそうだ。
「ついでに、控え室の検討は外れるのが本筋っちゅう話もあんねん」
 ――私の仕事が無くなってしまうので、勘弁して下さい。
「そう言われると、頑張って当てないかんな」
 ――では、今の局面はどちらが良いでしょうか?
「ふん、せやなあ……どっちもええ、これぞ名局や」
 盛り上げるだけ盛り上げて、オチまできちんと作ってくれた。
 控え室と同じホテルに用意された解説会場には百人を超える数が集まっている。(続く)』


 ――先6六歩、後5五歩、先6七銀、後4三金、先7七桂、後6四歩、先6五歩、後5四金、先6四歩、後同銀、先6三歩、後5三玉――