言葉よりも明瞭な駒音が鳴ると、佐々木は見る間に眉間に濃い皺を寄せた。怒りである。
「後悔するなよ」

             ※

 打てない角だ。勘太は直感的にそう感じ取り青ざめた。手の良し悪しなどは解るはずもない、彼にしてみれば天上の二人が指している一局であり、ただの好事家がそれを判断できるはずもない。しかし打てない角であることだけは明確であった。
 将棋に人生を賭けていなければ、この角を打てるはずが無かった。
 交代の時間となり表に出ると解説を求める聴衆が群がってきたが、あの手を解説出来る人間など、どうしてこの世に存在できようか。いるとすればその人物こそが名人であろう。
「しばらくは見守るしかないさ」
 虫を散らすように、勘太は力なく手を振るしかない。

―― 後4二金、先5七銀右、後3二玉、先5六銀、後6二金、先5八飛、後3三銀上、先6六歩、後1四歩、先7九玉、後8四歩、先5九金、後8五歩、先2七角、後5一飛、先4五銀、後5五歩、先6七銀、後8六歩、先同歩、後7五歩、先同歩、後4五銀、先同角、後4四銀、先1八角、後5六銀、先同銀、後同歩、先同飛、後5五銀打、先5八飛、後6六銀、先6七歩、後7七歩、先同桂、後7五銀、先6八金上、後7六歩 ――