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 救急車が庭先に到着すると、すぐにやかましい救急隊員が乗り込んで、盤の駒が崩れてしまった。香子は少し残念に思ったがすぐに考えを改めた。どうせ将棋の局面など詳しいことは解らないのである。
 動じない香子に、救急隊員が却って狼狽しているようでもあったが、心肺蘇生をしようとすることはやめさせた。もう死んでいます、ゆっくりさせてあげてください。
 十兵衛が将棋で負けたのだから、死んだのだ。これ以上ない死に際だと思った。汚されたくなかった。
 救急隊の陰に隠れるように近づいて来た響は、まだ事情を飲み込めていないようだったが、その手を引いてそっと自分の膝の上に座らせると、その視線はじっと将棋盤に向いているようだった。
「お爺ちゃんは、強かっただろう」
 語り掛けると素直に頷いた。
「響は、将棋は好き?」
 また頷く。
 そうして暫く、小さな頭を撫でながら、救急隊に寝かされた十兵衛を眺めていると、
「また、こういうしょうぎをさしたい」
救急車の赤灯が壁を駆け巡る中で、因果だねえ、と香子は呟いた。(了)