大盤を眺めながら響は言ったが、飛車の横効きも効いており簡単に入れる状況ではない。モニターに流れる視聴者のコメントを見ても、関心事は先手がいつ投了するかに絞られており、敢えて実戦的な難しさを解説する空気ではない。
 己のトーク一つで場を繋がなければならない状況、響にとってこれ以上の苦境は無い。
「それでは局面も暫く動かないでしょうし、質問コーナーに行きましょうか」
 今日は妙に動きの良い慈乃がそんなことを言って助け舟を出し、縋るように響が頷くと、まるで予め察知していたかのようにスタッフが手早く机と椅子を用意した。視聴者から送られてきたのだというメールの分厚い束を慈乃に手渡しながら、肩の力抜いてくださいね、と響に声をかけるそれは紛れもなくプロの仕事だ。
「じゃあお便り読みますね。
 浅井先生、慈乃先生こんにちは。――こんにちは。
 私は浅井先生の王竜戦でニュースを見て将棋を始めました。――だってよ、そういう人もいるんだね、すごいね。
 質問ですが、浅井先生や慈乃先生は彼女・彼氏はいらっしゃるでしょうか? 高校生になるとそういう話も増えているかと思いますが、お忙しい生活の中ではそうした出会いも少ないのではないかと思います。また、今日の対局者である千代先生が御同輩の島津先生とご結婚されたことは記憶に新しいですが、もしかしてお二人もそういう関係なのでしょうか? 本日の解説楽しく拝見しております、長丁場ですが頑張ってください」
「何だ、この質問」
 馬鹿馬鹿しいという風に苦笑を隠さない響が言うと、
「そうですね。はい、その通りです」
慈乃も同意するように言った。
「まあいいや。で、二人の結婚だけど、お前何か聞いてた?」
「まさか、全然知らなかった……えーっと、私は立花千代の妹なんですけど、お姉ちゃんが結婚したっていうのを、婚姻届を出した後に聞かされたんです。お父さんもお母さんも響ちゃんもいて、みんなでご飯食べてた時にいきなり、家族みんな知らなかったよ」
「あれ凄かったよな。飯食ってる時にいきなり『結婚した』って一言だもん、聞き間違いかと思った」
「だよねえ。それまで普段通りにしてたから、まあ何かそんな感じも無くは無かったけど、でもいきなり結婚すると思わなかった」
「おじさん倒れたしな」
「そうそう、大変だったんですよ。結婚の話聞かされて、暫く動かなくなっちゃったなあと思って見てたら、意識飛んでたみたいで、夜中の何時だったかなあ」
「一時は回ってた」
「そうだったっけ。で、目が覚めたらいきなり銀ちゃんのこと殴り飛ばして、大変だったよね、あれ」
「ちなみに碁が好きな人は知ってると思いますけど、父親は立花鑑連さんです」
「あ、そうです。私とお姉ちゃんは碁打ちの娘です」
 そんな感じで午後はひたすらに時間を繋ぎ、局面の解説など殆ど行わなかったが視聴者数は順調に増えていきその数二十万超えである。将棋の解説を聞きに来たのか棋士の話を聞きに来たのか解らないが、お通夜のようになるよりはマシだろうかと、響が考え始めていた時のことだった。
「局面、動きましたね」
 後手が飛車を切って入玉の橋頭保である先手の金気を除去しに行ったのだ。