五の三

 通天閣展望台の土産売り場で見つけたビリケンさんという得体の知れない存在は、響にとって不細工なエテ公以外の何物でもなく、何故こんなものが観光名物になっているのか、大阪という所は摩訶不思議なところだと首を傾げながらも、とりあえず目的のストラップは入手できた。
 新今宮から大阪駅まで向かう環状線の車中、新大阪まで見送ると言って聞かない小寺は、彼女に買ったのかと繰り返し尋ねてきて、響は、語らなければ現在最強クラスの二冠棋士であるのに、思考回路が関西のおっちゃん丸出しでカリスマもへったくれもないこの先輩にいい加減辟易とする思いだった。
「もう、ほんと、勘弁して下さいよ」
「吐いてしまえば楽になるで。どうや浅井、ほんまのこと言うてみい……ビリケンのストラップ、彼女の為に買うたんやろ? おう、ネタはあがっとるんやで?」
 まるで学校で麻雀部の連中を相手にしている時のような面倒臭さだ。
「だから言ってるじゃないですか、ただの後輩ですってば。奨励会の三段ですよ、先生も名前くらいなら知ってるでしょ、今期C2で指してる立花の妹の方です」
「ああ、確か碁の立花先生の娘さんで……妹は慈乃ちゃんやったっけ?」
「ええ」
「お姉さんの方は、島津君が一人で抜けとるような世代やからな……周りが女の正棋士と指すって状況に慣れてまったら上目指すのもしんどいやろうけど、妹の方はどうなんや」
「近いうちに先生のタイトルに挑戦するかも知れませんよ。それ位ずば抜けてます」
「惚れた欲目かいな」
「だから惚れてませんってば。この前の三段リーグ戦、棋譜ありますから、どうぞ」
 鞄から棋譜を取り出して小寺に渡す。
「相手大友君か。この前の棋将戦の、第二局やったかな、記録係やってもろたわ……ん、へえー、ふーん……ほう――」
 小寺の表情が三段リーグの棋譜を眺めるそれから徐々に重みを増していくのが良く解る。今まではあまりにムラがありすぎて目を止められなかっただろうが、本来の慈乃の実力はタイトルホルダーですらも表情を変えることが出来るのだと、改めて実感すると、それは保護者としての喜びなのだろうか、響は僅かだが嬉しさのようなものを感じていた。
「大したもんでしょ?」
「なんや、そんな嬉しそうな顔初めて見たぞ……やっぱデキてんのとちゃうか」
「違いますから」
「なるほどなあ……5八金右型やら五三手目の5七歩同銀、五七手目の5八桂にようやく納得いったわ。身内のこないな寄せ見た直後じゃ、若い子やったらそら滾るわなあ」
「それは俺の判断です。慈乃は関係ありません」
「ま、そういうことにしといたる」
 そうこうしているうちに乗り継ぎを経て新大阪に到着。土産物コーナーでクラスメイトへの詫び代わりにたこ焼き煎餅といういかにも大阪的な土産を二箱用意し、いざ新幹線に乗り込もうという間際になっても、小寺はまだ棋譜を眺めている。
「あげますよ、それ。俺はもう覚えてますし」
「いや、ええわ。惚れた女の会心譜なんてお守りみたいなもんやろ」
「惚れてませんってば……それに、地力を考えれば会心譜ってほどでもないですよ」
「……ホンマか?」
「ホンマです」
 小寺は益々難しい顔になり、
「島津君やら君やら、挙げ句にこの子か……一人くらい西で生まれろっちゅうねん」
と、ぼやくように言う。
 プラットホームに滑り込んできた新幹線を見て小寺は響に棋譜を突き返した。
「ほんまにええわ。あんまり良い譜やからもう覚えてもうた、自分で並べながら書き写す」
「そうですか。じゃあ、これで。今回は有難うございました」
「こちらこそや……君、棋将の予選も残っとるやろ。タイトルかけてやるのも案外近いか知らんな」
「棋将は仮に予選抜けられても先が長いですから……でもまあ、首洗っておいて下さい」
「ぬかしおる」
 最後にもう一度礼をしてから、響は大阪を後にした。