二の四

 店を出て駅まで歩く道すがら、響の隣を歩いていた千代が呟いた。
「あの子、どうなのかしらね」
 あの子、とは慈乃のことだろう。慈乃は二人から離れたところで銀乃介とふざけている。
「どうって」
「将棋、向いてないんじゃないかしら」
「まさか、有り得ない」
 響は即座に否定した。頭の片隅には、初めて会った日の、四年前の対局がちらと浮かんでいた。
「確かに将棋の才覚に関しては疑いようもないんだけど、そうじゃなくて……なんていうか、勝負って感覚に向いてないような気がするの」
「どういうことさ」
「さっき、最終局で私と響があたるって話したとき、あの子ひどい顔してたから」
「そっか……にしても、相変わらずよく見てるね」
「私たちは割り切ってるから何とも無いけど、仮にこの先あの子がプロになった時のことを考えると、不安なのよ」
 千代の言葉を聞くと、響も背筋に寒いものを感じざるを得なかった。実際の所、慈乃の勝負にかける熱意が足りないというのは事実だった。奨励会の対局でも、相手が後のない必死の人物であれば、どこかで腰が引けてしまう。今日の相馬八段のような、引退を覚悟して対局に臨んでいるような相手であれば、慈乃は実力を発揮できない。八百長とは別の次元で、叩きのめすことを躊躇うのだ。それはこの世界では優しさとは呼ばれず、相手に対する非礼でしかなかった。
「そんなことになったら、こうして笑えなくなるから」
 これまでは研究とはいえ遊びの延長で、お互いに賭けるものなどなくのびのびと指していた。しかし、仮に正棋士となれば、それは違う。その後の道を変えるような対局もあるだろう、誰かを蹴落とさなければ生き残っていけないだろう。そんな環境で慈乃は全力を出せるのだろうか。それらの不安は響にも解るような気はした。
 それでも、と響は踏みとどまる。
「慈乃に甘いんだよ、千代は。そんなだからあいつだって成長しないんだ」
「でも――」
「――仮にそうなってもその時はその時だ。棋士なんだから」
 今の居心地が良いからといって、その場所を守るために余計なものを背負い込むなどということは考えたくない。行くべき道は一つだけ、わざわざ回り道しなければならないというのなら切り捨てることを迷うべきではない。
「そんなこと考えてるようじゃ、降級しても仕方ないね」
「言うようになったこと、響の癖に」
「失いたくないなら全力で殺しに来い。俺たちの関係なんて、そんなもんだろ」
「解ってるわよ……首、洗っときなさい」
 そうしてしばらく歩いていると、慈乃がアイスを食べたいと言い出したらしい。
 コンビニの明かりを見つけたときには、響も千代も、少なくとも外見上は先の会話など忘れたように落ち着いており、二人の間で交わされていた勝負師としての会話など、慈乃には想像すらできないだろう。
「響ちゃんは何が良い?」
「俺はおでん食うから、アイスはいらない」
「私もおでんにしよ、寒いし。ギンはどうするの」
「それなら俺もおでんにしよ。これでアイスは慈乃一人」
 からかわれた慈乃は、拗ねているのか笑っているのか、何とも妙な顔をしていた。