一九

 順位戦の打ち上げに響と銀乃介の昇級祝いを兼ねて少し豪勢にしよう、と誰かが言ったその晩、立花の母が用意したのはすき焼きだった。肉は最高級キロ数万を山と用意しその他素材は専門店からわざわざ手配したというのだから確かに豪勢だ。
 金の出所を心配するものはいない。つい先日五千万を咥えてきた家長がいる。
「今の一手待った!」
 響を相手に六枚落ちの一戦で力強く待ったをする家長だ。
「おじさんさ、あんまり言いたくないけど指導なら銀とかの方が良いと思うよ。俺本当に下手らしいから」
 苦笑しながら手を戻す響は、つい先日行われた指導イベントでアラスカもかくやと会場を凍えさせた前科者である。笑顔で帰った参加者が誰一人いなかったイベントとして当面は棋界の語り草になるだろう。
「今アイツと二人になるのは、マズい気がする」
 ぶつくさとぼやきながら空打ちを繰り返す。
「銀と何かあった?」
「何故だ」
「若干マジな空気で言ってるから」
 鑑連は響の目をまじまじと覗き込むと、
「千代の新しい時計、見たか」
誰に隠すつもりなのか、離れの対局室は他に誰もいないのに小声になっている。
「知らないけど」
「銀乃介から貰ったらしい」
「へえ、何か祝い事でもあったのかな」
「ある訳がないだろう、この間降級点が付いた人間だぞ」
「そりゃそうだけどさ」
 話題の中身よりもさも重大ごとのように語る鑑連の方が妙に思えたが、響は敢えて何も言わなかった。
 千代の様子が変わったのは明らかだった。旭日杯が終わった辺りだろうか、それまでの思い詰めていた雰囲気が消えると棘は柔らかく萎れた。
 将棋でも復調の兆しが見えていた。ナーバスの原因となっていた大東亜製鉄主催の棋戦『女王戦』では順調に勝ち上がり、周囲の混戦がたたって降級点こそついたものの順位戦も最後は勝って終えている。この調子が続けばバツを消す、即ち降級点を消すチャンスも巡ってくるかも知れない。
 要するに鑑連は現実を受け入れたくないだけなのだ。
「別に良いんじゃないの。将棋がダメになるならともかく調子良さそうだし」
 十年来付かず離れずでやってきた二人の話が多少進んだのだろう。響はそんな風に受け止めていた。

 全員揃った食卓で頂きますと手を合わせて暫く、各々が卵を溶いている時のことだった。
 結婚したから、と千代が言った。
 他の皆と同じように卵を溶きながら、『ちょっとコンビニ』くらいの軽い報告だった。
「響、七味取ってくれ。目の前にあるやつ」
 銀乃介に言われて手渡す。
「しかしこの肉美味しいわね、高かったでしょ」
 千代が肉に箸を伸ばしながら言う。
「え?」
 誰が言っただろうか、恐らく全員の胸中をたった一言で表す言葉。疑問符こそが重要であって言葉自体は重要ではない。
 銀乃介を除いた全員の視線を一身に浴びた千代は、今度は箸を置いてから一息の間。
「銀と結婚したわ、届はさっき出してきた」
 報告は響の読みよりも十手は先を行っていた。










 立花家衝撃の食卓より時を遡る事数刻前。
 読日新聞社文化部の自席で渋い表情をする記者が一人。名を幸田成行。三十路ギリギリ手前にして結婚どころか彼女もいない独身男。元奨励会員、最高で一級、退会時は二級。
 渋い表情の理由は手元に握られている携帯電話にある。
 旧友の島津銀乃介から『結婚した』と簡潔なメールが入ったのが二時間前。
 いつもの下らない冗談だろうと適当に流し、溜まっていた文書処理に手を付けはじめてから二十分ほどすると、千駄ヶ谷将棋会館からファックスが入り明日緊急の会見を行うとあった。よほどに急いでいたのだろう、何の会見かが書かれていない。
 嫌な予感がして銀乃介にメールを返すと、十分もしないうちに今度は通話着信だった。
 話を聞くとどうやら本当らしい。
 デスクに相談した所、近頃の将棋熱もあってだろうか、すぐさま特集の作成準備を指示された。内容は幸田の人脈を活かして二人の奨励会同期からエピソードを拾ってくること。
 彼らの他にプロが一人も出ていない世代だ、個人的な繋がりが無ければ足跡は解らない。してみればこれは幸田を抱える読日新聞文化部にしか出来ない取材だ。
 幸田にとってこれほど楽な仕事はなかった。島津銀乃介と立花千代の同期であれば当然自身にとっても奨励会で潰し合った仲であり、連絡が取れる友人達からコメントを取れば良いだけである。
 自席に座って旧友を相手に一斉メールで適当に送信。内容は銀乃介と千代が結婚した事、お前らが知っている二人の話を文章の体を整えて明日までに返信する事、ネタとして採用されたヤツには一杯奢ること、俺以外の記者にネタを語らない事。以上。
 間を置かずにすぐさま返信が帰ってくる。反応を見る限り記事に困ることはまず無いだろう。
「成行、お前明日千駄ヶ谷行け。解ってるだろうな、会見終わったら二人共抑えろ、他社に抜かれんじゃねーぞ!」
 すっかりヤル気になっているデスクに適当な返事をしてから、明日の会見の質問を考えはじめる。
 友人の結婚、楽な仕事。どちらを向いても嫌になる理由など一つとして無いはずなのに、それでも、口の中で泥を食むような、あの日以来いつまでも消えない苦みが、彼の表情を自然と渋くした。


 翌日の千駄ヶ谷は満員御礼だった。見慣れた将棋記者はいつもの如く、しかし人数比で見ると圧倒的に少ない。テレビカメラも尋常な数でなく、比率的にはワイドショーや週刊誌の記者が多いらしい。
「何でホテルとか借りないんかね、このボロ屋敷人の重みで潰れんじゃねえの」
 四階の一室で盤に向いた幸田がぼやくと、
「昨日の今日だから仕方ないっしょ、今日対局なかったし」
対面の銀乃介は悪びれる風でも無しに言う。銀乃介と幸田の手合いは角落ちだ。
「お前いつ報告したんだよ」
「幸田さんにメールしたすぐ後」
「……事務さんに同情するよ」
 銀乃介曰く、幸田への報告は役所に文書を出した直後だったそうなので、連盟にも完全に事後報告ということになる。
「それでもおっちゃん達より早く知らせちまったけどね、流石に順番間違えたわ」
「立花先生泣いてただろ」
「大変でしたよ。おっちゃん寝込んじゃってさ。ちゃんと話出来たの夜中の二時」
「で、殴られたのか」
「そうっす。いやあ、痛かった」
 頭を掻きながら言う銀乃介の唇は薄い紅で隠してはいるが左端が青く腫れている。全くひどい結婚会見もあったものだと幸田は呆れ笑いが浮かぶ。
 だが、らしいと言えばらしい。
「連絡、あんがとな」
「幸田さんに言っとけば同期連中にも回ると思ってさ。悪いね」
 良い読みだ、と幸田は笑った。

 ――では島津八段、お二人の出会いについてお話ください。
「中二? だったっけ?」
「私が四級だったからまだ中一」
「失礼、中一だそうです。その時にどっかの将棋まつりの指導で、奨励会員だったコイツにボコボコにされました。だからまあ、俺がプロになったきっかけですね」
 ――その時の印象は、立花五段はいかがでしたか?
「生意気な男だなと……当時の私は女という理由でバカにされることが凄く多かったので、そういう人間には特別厳しく教えてたんですけど、その中でも群を抜いていました」
 ――島津八段は?
「あの頃は大抵何やっても自分より上の人間っていなかったので、新鮮でした」
「生意気でしょ? ナチュラルにこういう性格なんですよ、当時から」
 嫌がらせの如く焚かれる眩いフラッシュに支配された会見会場で幸田ら将棋記者は隅に追いやられていた。言うなれば平穏な将棋村にサバンナから屈強なライオンの群れが押し寄せてきたようなものだ。村人たちはただただ傍観するよりない。
 それでもやはりと言うべきか、立花千代はそうした舞台に慣れているように幸田の目には映った。フラッシュの度に目を細めがちになる銀乃介と比較する形で、そうした時でも微笑みを絶やさずに応答出来る彼女の技量、立たされてきた場数の違いが良く表れている。
 ライオンの群れから放たれる質問は将棋記者であれば大抵が知っているような話であり、どうでも良いワイドショー向けの話題であり、呆れながらその様子を眺めるばかりだったが、一つだけ、無知なライオンから放たれたただ一つの質問が将棋記者達の空気に細波を立てた。
 ――もしお二人が公式戦で勝負するようなことになったら、どうされますか?
 A級八段・王竜戦二組の島津銀乃介は今後ほぼ全ての棋戦でシードされ本戦近くからの出場となる。対してC級二組・王竜戦六組の立花千代は全ての棋戦で最下層からスタートして本戦を目指す所から始まる。ゴールは同じだが、そこに至るまでに立花千代は最低でも三つか四つは白星を多く稼がなければならない。
 その上で彼女の現在の成績を考慮に加えれば答えは明白、この二人が公式戦で対局することは今後もかなりのレアケースとなるだろう。
 そして将棋村の村人達の胸中にはこう続く――でなきゃ結婚なんて出来ないよね、と。
 既に棋士としての格付けが完了した事に両者合意した。この結婚の核心はそれだ。
 幸田はこの二人が奨励会時代からお互いに思い合っていただろうことを知っていた、気付いていた。そして同時にこの二人が結ばれることは無いだろうと漠然と考えていた。
「その時は、私が絶対に勝つつもりで頑張ります」
 微笑みを絶やさずに答える立花千代が、幸田には悲しく思える。
「まあ、そういう家庭ということで」
 曖昧に濁す島津銀乃介の優しさが、幸田には苦く感じる。
 幸田が昨晩一晩考えて用意できた質問は一つだけだった。
 ――お二人が結婚に踏み切った契機は何ですか?
 ただのそれだけ。しかし将棋記者である彼が聞けばその質問は明確に違う意味を持つ。
 相手を、自分を、いつ見切ったのか。
 喉奥に滲んで消えない泥の苦みが、幸田の手を挙げさせなかった。

 会見終了後、幸田が携帯を確認すると銀乃介からのメールが入っていた。時刻を見ると会見真っ只中のはずであり、相変わらず図太い男だと呆れてしまう。
『今晩立花家で呑みましょう、独占取材受けますよ』
 楽しく呑めるかは果たして疑問だったが、ここで頷かない訳にはいかない。ここで断るような下手をしたら将棋担当から外されるかも知れなかった。
 ――酒持ってく。
 返信は短く、他の記者に悟られないようにと夕暮前の会館を出る。

 立花家の呼び鈴を押した幸田を出迎えたのはジャージ姿の浅井響だった。
「ああ、記者さんか。銀から聞いてるよ、いらっしゃい」
 天下に名を轟かせる高校生タイトルホルダーが他人の家の玄関で無造作に客人を出迎えたというこの状況、さしもの幸田も一瞬戸惑いを隠せない。
 そんな幸田のことなど露知らずと言った具合に、響は玄関の鍵を開けるとさっさと奥に引っ込んでしまった。
 間を置かず、家の奥からのやかましいやりとりが玄関まで届き、
「銀ちゃんまた私のプリン食べたでしょ!」
これは三段リーグ一期抜けの史上初女子高生棋士である立花慈乃、
「俺じゃねえよ、何かあったら取りあえず俺のせいにすんのやめろ!」
これは放送協会・旭日両杯選手権者にしてA級八段の島津銀乃介、
「お前らうるせえよ! あとプリン食ってたのはおじさんじゃん、何逃げてんだよ」
これは現役高校生B級一組・現王竜位の浅井響、
「裏切ったな響!」
これは囲碁の現役大三冠立花鑑連――まさしく棋界における才能の頂点揃い踏み。居並ぶ面子の凄まじさを改めて認識すると記者の職務を忘れ呆けてしまう。
「大丈夫ですか?」
 背後から聞こえた苦笑交じりの声に振りむくと、エコバッグを手にした立花千代が母親らしき女性と二人で立っていた。

 炬燵の対面に並んで座る二人を見て、幸田はこれが彼らの日常だった事を知った。そこに流れる空気があまりにも平然としていたから、きっと昔からこうだったのだろう。肩を寄せながら幸田の携帯を覗き込む二人は、一般的な新婚夫婦というより、もう十年も連れ添ったそれの空気に近く感じられる。
 賑やかな食事が終わると響は慈乃を引きずるようにして将棋の研究へ向かい立花の母は洗物に席を立つ、鑑連は明日までに仕上げなければいけない原稿があるとのことで早々に部屋へ引き上げた。
 気を遣わせて悪かったと幸田が詫びると、気にする必要は無いと千代は笑顔で流した。
「誰も気なんて遣っていませんよ。本当にこういう家なんです、昔から」
 昔から。
 知ったつもりになっていた銀乃介や千代の日常を示すその言葉は、幸田には新鮮に響く。
 許可を得てからICレコーダーの録音ボタンを押し机に置いた。
「で、どうよ。同期の反応を見た感想は」
 同期から垂れ込まれたネタに関する真偽確認を兼ねてのインタビュー、片手の焼酎が頭を程よく柔らかくしてくれるお陰で重い内容を考える必要はない。
「恥ずかしいっすね、これ」
 ぼやいたのは銀乃介だった。
「私が知らない事も結構あります」
 千代は無邪気に笑っている。
「まあ、お前らは周知の事実って感じだったしな。少なくとも俺が辞める頃にはそういうもんだと皆思ってたよ。両方四段になって結婚するとは思わなかったけど」
 つまみ用に出してもらったチーズを咥えながら話していると、思い出話に花が咲いた。
 当時の幹事棋士の話、Bが付いた時のあるある話では銀乃介が『俺は知らないけどな』とスカしていた、同期が奨励会を退会したのがいつだったか、皆今は何をしているのかという話題、三段リーグで銀乃介に追い越された千代の本音、本人から語られる伝説の女子トイレ平手事件とその後の話、エトセトラ。
「懐かしいです。名前見るの久々な人もいるから」
 みんな元気そうで良かったと、思い出話をしながらなおも幸田の携帯を眺め続ける千代が呟く。同期会などそう頻繁にやるものでもない、それですら関東近郊に住んでいる者は集まるが、地方から出ていた者となると会う機会も格段に減る。
「幸田さんちゃんと連絡取ってるんすね。耕太なんて何も言わずに沖縄帰ったって聞いたけどメール返してるし」
 銀乃介が言った。島袋耕太は沖縄の出身で奨励会は関東に所属していた。銀乃介の一つ下、中学一年での入会とスタートが遅い部類であり、年が近いこともあって事あるごとにお互い火花を飛ばし合っていたが、二十一歳で初段時にBを取って退会、帰郷後は稼業を継いで漁師兼民宿経営者となっている。
「挫折組でこんだけ千駄ヶ谷に近い仕事してるの俺くらいだし、そうなると師匠さんとかで気にしてる人から頼まれたりな……ライフワークってヤツだよ」
「面倒見良いっすね」
「だから上に行けなかった。言わせんな」
 意識せずに漏らした何気ない言葉のつもりだった。銀乃介は笑っていた。しかし千代はその表情をわずかに下に向けた。
「耕太の所、良い宿だぞ。お前らも新婚旅行で行けばいい」
 失敗したと思いながら、酔いの勢いで流してしまえとからかってやる。
「沖縄かあ……そう言えば新婚旅行とか全然考えてなかった」
「それ以前に式すら挙げてないしな」
「面倒臭いし、別に良い気がするんだよね」
「だよな。お前が良ければ俺もその方が楽だし助かる」
 夫婦揃ってこの反応、果たして大丈夫だろうかと苦笑も浮かぶ。お節介は承知で二人の師匠である結城あたりに現状を報告して尻を叩いて貰った方が良いだろう。幸田は密かにプランを組み立てる決意を固めた。

 ダラダラと呑みながら話し続け、時刻は日付を跨ごうかという頃になっていた。
 手洗いに立った銀乃介が消えると千代と二人残された幸田は自然と言葉数も少なくなる。そもそも奨励会時代から銀乃介とはよく話したが千代はそういう部類でない。友達の友達とでも表現しようか、そんな関係だ。
 眠たげな表情をする彼女は盤を離れてしまえばただの美人、友人の結婚相手でなければ結構危険なシチュエーションか知れない。それとなく眺めながらそんな事を考えていると、焼酎のグラスを揺らしながら、頬を赤くした千代がふと口を開いた。
「本音を言うと、申し訳無いと思うこともあって……幸田さんを含めたみんな、もうどうしようもないことだけれど」
 疲れ切った彼女の声に喉の奥から苦みが沸いていた。歯を食いしばる敗勢の盤面すらも失った人間にしか解らない、あの苦み。
「もう、俺たちのことは忘れて良いんじゃないか」
 気が付けばそんな言葉が出ていた。
「入品も出来なかった俺が言うのは間違いかも知れないけどさ、お前が四段になったのはお前に実力があったからで、俺らが、三段だろうが六級だろうが、俺らがあそこを去ったのは実力が無かったからなんだよ」
 語るうちに、あの苦みの正体が己のプライドの残滓である事を幸田は自覚した。それは元奨励会員として一時は彼らと真剣に競い合った事への誇りであり、そして全てを賭けても届かなかったという挫折の象徴に違いなかった。泥にまみれた挫折だけが唯一の誇りとして残り続ける、他人に話せばみっともないと笑われるような、救われない生き様だ。
「メール見れば解るだろ。お前らの重荷になることなんて誰も望んでないよ。胸を張って好きに指すべきだ。四段になったお前がどんな将棋を指そうと、お前の自由なんだよ」
 かつて首に縄をかけられた地獄から見上げた遥かな天上で、伸び伸び将棋を指して暮らせば良い。それは地獄で苦しみぬいた彼らに与えられる当然の権利だ。
「いいさ、立花は言えないだろうから俺が言ってやる――四段になってから名人を諦めることの何が悪い」
 名人になれなくたって、タイトルを取れなくたって、良いじゃないか。指す理由なんて人それぞれで良いじゃないか。そうでなければ、立花千代という者がそれさえも捨ててしまったらば、それに屈した自分のプライドはどうなるというのだろう。
「それでも、もしも俺たちの、消えた人間の事を汲んでくれるのなら、胸を張って、最後の最後まで、もう指せなくなるその時まで、自分の為に将棋を指してくれ」
 それは優しさではなく呪いの言葉であったかも知れない。
 千代はありがとうと呟いた。

 夜風にあたろうと部屋を出た幸田を待ち構えていたかのように、渡り廊下に腰を下ろした銀乃介が庭を眺めていた。
「長い便所だな」
 隣に立つと、彼は煙を吐き出しながら、俺じゃ駄目だからと言った。
「読み切って負け犬を呼んだってか?」
「そうだよ」
「本当にド畜生だな、お前」
「惚れた女の為だしね」
 銀乃介の視線の先では蕾を付けた桜の木が生温い夜風に枝を揺らしている。池で跳ねた鯉の細波が水面を揺らすと月が震えた。
「今日の会見、何聞こうとしてたんですか?」
「何だよ、急に」
「約束ですから」
「……結論、出したのはいつだ?」
 幸田の質問に銀乃介はふむと一つ唸ってから、
「この間の旭日杯の後かな。あの後家帰れなくて、アイツも来てたから、ホテル泊まった時に押し倒した」
答える口調はいたって真剣だった。
「色々あってアイツも限界なのは解ってたし、介錯だよ」
 惚れた女を抱いた話のはずだが、手刀で首を落とすゼスチャーをしながら語る彼は喜んでいるようには見えない。
「惚れてたなら良かったじゃないか。弱ってなきゃ誰にも釣れない女だろ」
 幸田は意趣返しのつもりでも無かったが、思ったままを口にすると荒くなっていた。
 銀乃介はちらと視線を向けると、解ってないなあと大げさな溜息を吐く。
「何しても折れない相手を組み伏せる方が興奮するんですよ、良い女なら猶更だ」
「なら何で抱いたんだよ」
「そりゃ惚れた女ですから……今更見捨てらんねえよ」
 きっとこれも本音なのだろう。





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