合コンにいってきた!



 合コンにいってきた。
 とでも言えば、おそらくみんな俺のことを嫌いになるであろう。「やいリア充め、禁治産者の博打狂いみてえな顔してたくせにヤることヤってんだな!」とか言われてブログが炎上しちゃってみんなのコメントはぼくのライフラインなんですなどとついうっかりこぼしちゃってそれはもうひでえ目に遭うのであろう。
 安心して欲しい。
 ちゃんとひでえ目に遭ってきた。
 無論ブログが炎上したわけじゃない。合コンでひどい目に遭ってきたのだ。

 そもそも事の発端から説明したいと思う。
 大学三年生になったのだ。
 大学三年生になって、学校の中に知り合いの女子というものが一人もいない。
 これはひょっとするともしかすると俺んちが今代で断絶するかもしんねえ。そうなったら両親に申し訳ないから女の子を紹介してくれ。
 ほぼ全文ままにリア充にメールを送った。
 このリア充の友達を獲得した経緯に関してはいつか語るときがあるかもしれない。「リア充の友達がいる=リア充」という方程式をぶつけられると俺はリア充になるわけだが、本当のリア充は「はっきり言っておまえと付き合っていると自尊心が満たされる」とか言われないし、それを自分から指摘して「貴様のことはわかっている……クク……甘いな……」とかも言わない。絶対言わない。だから俺はリア充ではない。ただ、そういった友達はいる。
 そいつが合コンに連れて行ってくれることになった。
 期待はほとんどしなかった。俺だって馬鹿じゃない。最初の合コンでお持ち帰りなんてできたら俺は通学電車の中で国を興せると思う。
 俺は女の子と接する経験を積みたかった。とにもかくにも、行ってみないことには負け犬にさえなれない。そう思った。
 まずは着ていく服がなかったので、友達と一緒に服を買いにいった。
 リア充のように思えるだろう。だが、「おまえは何を着ていても顔で台無しになる」と言われることが充実しているだろうか? 俺はこう見えてプライドが高いので、こういうことを言われるとガチでむかつく。最悪帰る。でも我慢した。合コンに着ていく服がマジでなかったから。
 バイト代を全部突っ込んで、二万五千円で頭のてっぺんから小指の先までコーディネートしてもらった。
 フル装備の二万五千円を着たまま鏡を見ても似合っているのかどうかわからない。が、いまはこれに賭けるしかない、と思った。



 で、当日。
 もうなにから言ったものか。
 まず、あんまり可愛くなかった。それはまあしょうがない。向こうからしたらこっちだって残飯の寄せ集めなのである。それをどうこう言えるような身分じゃない。
 狭い座敷に女子が入ってきたとき、俺の体は緊張でガチガチになった。役満ツモってもニコリともしないこの俺がである。麻雀を打っているときのようなドキドキはなかった。それはむしろ、高所に置き去りにされたイメージに近かった。
 合コンにやってくる女子は「いえーいはるかでーす今日は彼氏になってくれそうな人を探しに来ました☆」みたいなテンションで来るんじゃないかと勝手に想像していた。いや、冷静に考えればそんなわけはないのだが、実際の合コンのイメージがわからなかったものだから、ほかのイメージを掴めなかった。
 おそろしいことに、3on4でだんまりになった。
 女子はお互いの顔を見つめあったり幹事のリア充とトークしたりしていたが、寄せ集めの残飯は完全にお通夜状態だった。正座して俯いてこれからここに来たことと産まれてきたことを謝るのですと言わんばかりの様相をていしていたと思う。俺は人の目を見て喋れない人ってなんなの? とか出かける前にほざいてくれたリア充作家野郎を心の中で八つ裂きにした。
 完全に緊張していたので、視線の置き場に困ってそわそわしていた記憶しかない。自己紹介が始まってもものすごく緩慢になった脳みそを動かして名前と顔だけ一致させた。
 ここで俺の性格の悪さが発動した。俺はこの段階でお嫁さんにしたい子がいなかったので、ぶっちゃけ眠くなっていた。
 誤解しないでもらいたい。俺はがんばりたいのである。俺は経験値を積みたいのである。ただ、欲望に正直な身体と脳が、俺に「無駄なこと覚えてねーでとっとと寝ろ」と伝えてきたのである。俺は嫌なことに出くわすと睡魔に襲われるので、この段階でまぶたが重くなっていた。俺のせいじゃない。俺の身体が悪いのだが、それは言い訳に過ぎない。
 女子たちが簡単に自己紹介していく。男子のトップバッターが終わる。俺の番。俺はできるだけ笑顔を心がけようと思ったのに笑顔がどういうものなのか失念して無表情に名前と大学を言った。趣味で麻雀って言ったらいけないってグーグル先生が教えてくれたからそれは黙っていた。
 思い出したくない。
 ないが、思い出そう。俺の自己紹介が済んでリア充が言った。
「おまえ、バイトの面接に来たの?」
 無論、愛想笑いでやり過ごした。せっかくのフォローも俺は取りこぼし、俺の自己紹介は終わった。
 その後?
 酒飲んで周りの会話をただ聞いてた。
 時折、思い出したように話を振られることもあったが、そっけなく返した。もうこの段階で帰りたい気持ちがマッハだった。もうやだった。すげー来たことを後悔した。あんなにまずい酒は久しぶりだった。
 俺は基本的に王様気質で、喰ったものや飲んだものの片づけは他人に任せきりにする。なのでそういった細かいところで好感度をあげられない。やりたくないからやらないのであるが、やりたくないことを無理やりやっても俺はうまくいかないので、俺はそういう悲しい事故が起こる前に雑用は他人任せにしてやっているのである。
 ここでこのことについて深く掘り下げると、俺は他人のためになにかをすれば、他人はカサにかかってきて俺を奴隷のように使うに違いない、そうしたら俺は我慢するか、全面戦争するか、どちらかになる、と思っている。それを避けるために、俺は他人のためになにかをしない。これは俺の経験から来るものであって、多分に幼少期のトラウマが関係しているのだが、しかしハタ目にはただ人に雑事をさせる糞野郎なので、人は俺のことを好ましくないと思う、のではないかと思う。たぶん。
 まあそれ以前に会話にノッてこないのだから対処の仕様があるまい。
 俺がトイレに立つと(プライドのために言っておくが便意なしに逃げ出したわけではない)友達がついてきて連れションの形になった。友達はいった。
「おまえ笑えるほど喋らないなー。もっと話題振ってみたら?」
「無理」
 そう。無理である。
 俺自身がそもそも、話しかけんなオーラを発しており、剣呑であり、無愛想であり、面白くないのである。俺はこのガードを崩せない。俺は人間を簡単に信用したりはしないのである。俺がガードを崩すのは、崩して、相手を完膚なきまでに利用しつくせる時だけである。わざとガードを開けて突っ込んできた阿呆を血祭りにあげるとき以外に、俺はガードをおろさない。特に女に対してはそれが顕著だ。俺は女に対して若干の恐怖心を抱いており、それはむしろ男に対するそれよりも深い。
 トイレから戻りざまに、はて俺はなぜここにいるのだろう、と思った。どうやら負け犬にはなれた。なれたが、やはりそれは辛いことだった。
 廊下から座敷に戻ろうとすると、もう一人の男友達がトイレにいくところだった。
 俺はプライドの高い男である。そうでなければ生き残れなかった。俺は俺だと思うことで、俺はどんなことにも耐え、あらゆることを拒絶し、たったひとりで闘って来た。誰のことも心の底からは信用できず、また信用することは相手にとって重荷なのだと信じていた。
 その俺が、足元をふらつかせた。酔っていたんじゃない。
 俺は女子のいる座敷に戻りたくなかった。ちょっと泣きそうであった。俺は愛想笑いを浮かべながら、その男友達のYに言った。
「トイレいくの? おれもいくよ」
 屈辱だった。
 俺は、俺がいく、と思ったところに、なんらかの干渉があるゆえにいけない、ということをひどく嫌う。恐怖さえ湧く。なぜなら俺にとって他人と社会は常に俺を奴隷化させようと躍起になっている代物であって、恐怖を起こして警戒しないとすぐに喰い尽されてしまうから。その俺が、自分のプライドを折って、トイレに同行させてくれと頼んだ。
 屈辱の極みだった。
 Yはきょとんとして、
「え? なんで? いいから入れよ、みんなおまえがどうしてるのか喋ってるよ」
 ああ、そうだろうな。あいつなんでしゃべんねーの、って聞くよな、そりゃ。俺がいないときにはさ。
 俺は結局、Yに置き去りにされ、聞きたくなかった情報を付与された上で座敷に戻った。誰の顔も見れなかった。
 雀卓があれば。
 麻雀卓と牌がここにあれば、俺はいっぱしのツラ構えになるのである。勝つと言ってるんじゃない。あれは、麻雀は、相手が誰であれ打っている間は俺がいっちょまえの口を利ける数少ないものなのだ。俺は痛烈に牌がさわりたくなった。牌を握って、打ち、そこにいる全員の財布を根こそぎカラっぽにしてやりたくなった。
 と思ったのは、後になって俺が付与した嘘である。麻雀牌のことなんて欠片も思い出さなかった。それどころじゃなかった、俺の前には女子が三人もいたのだ。マンズだのマンコだの洒落ている場合じゃなかった。
 ただ、そのとき俺が感じていた疎外感、孤立感、その根本にあるものは「俺はこんなところにいるような人間じゃない」といったものだ。それは結局のところ上記のような麻雀への痛烈な感傷へ繋がる源泉であったので、まあ似たような心境だったわけである。
 酒が進むうちに、女子の喋り頭だった子が帰って、場は一定の収束を見せた。
 つまり、合コンの体を為さなくなったのである。
 女子は幹事のリア充と喋り、それに俺以外の男友達(YとK)が時折合いの手を入れる。俺はひたすら酒を飲む。そんな時間が過ぎた。そんな折、女子の一人がぽつりと言った。
「これ、合コンじゃないよね」
 いつも俺が書いている醜悪な小説だったらここで俺はすっくと立ち上がり女子の鼻っ柱に鉄拳を打ち込んでいるところだが本物の俺はそれほど屑じゃない。俺のリアル友達にNという男がいて、元ワナビなのだが、そいつも俺が書いているものと俺の本音を混同している節がある。非常に遺憾である。良質な嘘というものが純度100%の真実でできていたらフィクションの意義とはなんぞや?
 それはともかく、その女子の一言を聞いて、俺はなんとなく悲しい気持ちになった。無論、ろくすっぽ喋らない俺が「これは合コンだ、まぎれもなくそうだ」なんて言えるわけがない。むしろ後々どんな悪口を言われてもぐうの音も出ない態度を取っていたのだ。それでも、なんだかその一言は、俺そのものの否定に繋がっているように聞こえた。
 たぶん、そのあたりから酒のピッチを見誤っていたのだろうと思う。
 結局、終電で俺は先に帰った。
 幹事にカネを渡すときに、やつが言った。
「終電あってよかったな、おまえ明日も用事あるんだろ?」
「麻雀」
「…………」
 救いようがない、とばかりに幹事は俺を見た。そして言った。
「おまえさ、最初に帰った子がいなくなってからちょっと喋りだしたけど、ああいうの失礼だぞ。そんなに嫌だったのか?」
 俺は首を横に振った。幹事は信じていないようだった。だが、俺は本当にそう思っていた。俺にとってそこにいた女子三人は誰だろうと俺とは合わないタイプの人種、別世界の人間で、後半若干喋りだしたのは酒の力によるものと、もうどうにでもなれと半ばヤケになっていたからだ。俺がギャルを毛嫌いしている、と思われるのは心外だ。嫌いでも好きでもない。理解できない。ただのそれだけだ。
 帰り道、俺はまっすぐ大股に帰った。家に帰るとお冷をいっぱい飲んで寝た。
 翌日、六時に起きた俺は、ああニチアサでフォーゼがリアルタイムで見れるな、と思った瞬間に吐いた。二日酔いだ。頭が割れそうだった。俺はゴミ箱をひきよせて、何度も何度も吐いた。誰もいない、たったひとりの狭い部屋の万年床の上で、明るいのか暗いのかもわからない青い夜明けの中で、吐き続けた。ちゃんとしたゲロは最初だけで、だんだん得体の知れない胆汁のような、ちょっと粘り気の強すぎる液体が出た。しまいには、初めての経験だったが、勢いあまって鼻から吐いた。俺は鼻から垂れ下がる黄緑色のゲロをぼんやり眺めた。
 なんでこんな風になっちまったんだろう。俺はまともに生きてみたかっただけなのに。 
 小説っぽく、そんなことを思ってみたりもした。それほど悲しくはなかった。ただ、なんとなく、この文はストレートすぎてイマイチだな、とか思いつつティッシュでゲロをかんだ。俺はいい文章を思いつけるなら何度だって吐くが、ただ働きはゴメンだ。時計を見る。六時半。あと半日もすれば酒は抜けるだろう。そうしたら、もう二度と酒は飲むまいと思った。付き合い酒をするくらいなら俺は就職なんてしない。この世には俺の思い通りにならないことが多すぎ、そしてそれを受忍できる柔軟さが俺にはない。そしてその頑なさだけが、俺を俺たらしめているたったひとつの寄り代だった。
 横になると苦しいので、俺はあぐらをかいたまま、ゴミ箱の中のゲロを見つめた。
 そして女について考える。
 女というものが俺は恐ろしい。俺が子どもの頃は、阿呆のフリをしていれば可愛がってもらえた。俺はこれでもガキの頃は可愛げのあるガキだったようで、少なくとも街でばったり会って無視されるようなことはなかった。それが中学になったあたりから、変わってきた。女の興味関心が、可愛いものから頼れるものへと変化していったのが子ども心にわかった。俺は人に頼られるのが嫌いだ。俺は、俺が見捨ててもいいと思えるやつにしか頼られたくない。俺は頼りがいのないやつで、そうとわかると女は俺から離れていった。生き物として当然の反応だとも思う。
 愛する、とか、愛される、とかいうものが、実在するのかどうかさえもはや疑わしい。男女間のそれは一種の契約に過ぎないのではないか? 無償の愛というものは存在するのか? 俺は無償に何かを愛せるのだろうか。俺は無償に誰かに愛されるのだろうか。愛なんて、と一笑に付するのは簡単だ。じゃ、他に何に生を見出す? カネか? 馬鹿言うな、あんなものはクレジットに過ぎない。カネをぺたぺた身体にいくら張ったって放射能は防げないんだぜ。
 暮らし方だと俺は思う。生きることの意義は暮らし方の中にある。だから、大切なのは、コミュニケーション能力の上達でも合コンでやっちゃいけないタブー話題の中に自分が情熱と心血を注いだものを発見することでもなく、ただ、俺の暮らしと一致する人格を持ったパートナーを見つけることだ。愛すること、愛されることに資格と条件が付与されている方がおかしいのだ。どうかしているのだ。
 そう、そう思っているから、俺は合コンをどこかでなめていた。侮っていた。軽蔑していた。そういうのは隠そうと思ってもバレてしまう。なぜか。バレたいから。
 俺は、いつだって、俺の本音を、受け止めて欲しいから。
 そう思うことは間違っているのだろうか? 正しいことだけを考えていなくちゃいけないのだろうか? じゃあ正しいってなんだ? いったいどこにその線引きがあるのだ? 少なくとも俺にはその線は見えないし、見えているやつだってきっといないと思う。
 酔った頭がぐるぐる回る。ゲロの入ったゴミ箱を机の上に置く。俺は布団にもぐりこむ。
 俺は結局――と自分の思考にケリをつけようと試みる。
 俺は結局、最初から自分のすべてを理解している誰かが現れるのを待っているのだ。いつかこの閉塞から俺を救い出してくれる誰かが向こうからのこのこやって来て欲しいと。そして、そのときまでは、この仮の人生をなんとかやり過ごしていこうと思っているのだ。
 来るわけない、そんな時。
 だから、この時点で、俺はもう救われない。救われないことが確定している状況で、すでに詰んでいる将棋で、俺はどこかに抜け道がないかどうか、ずっと「待った」をかけている。
 俺は今年、二十一になった。
 そろそろ「待った」が効かなくなるのはわかっているが、いまのところ、この行き詰まりを打破できる可能性を見出すにはいたっていない。




 了