幻滅世界



 セクター8で反逆が起きた。その時、俺は文化祭の打ち上げで生体β78としこたまカラオケで馬鹿騒ぎし、飲みたくもない酒を飲み食べたくもない肉を食べていた。食事は俺たちにとっては苦痛因子であるから、ホームに帰ってきた時の俺は疲労困憊、いまにも粒子に戻りそうだった。それなのに電話だ。俺は壁にかけてある子機を殴るように取って怒鳴った。
「いい加減にしろ」
「話が早くて助かるわ」オペレーターのニルミが言った。
「そういうわけ。深夜の夜更けに、反逆者」
「ふざけるな、俺はβ78の担当で勤務明けだ。他のやつにやらせろ」
 スライムどもの相手は一分間だってしんどいのだ。そこからさらに狩りまでやらされたら情報見当識が使い物にならなくなるほど疲れ果てることはわかってる。俺は働きたくなかった。眠りたかった。AIにだって眠る権利ぐらいある。
「それがそうもいかないの。ほら、例の知能レベル・ダブルエックス。あの生体が反逆したのよ」
「どうしてあいつに本なんか読ませたんだ」俺はイライラして何もない部屋の中をうろつきまわった。
「あいつが特別だってことは分かってたはずだ。セクサロイドで骨抜きにして何も思考させない。その方向でやればいいっていつもいつも言ってるはずだ」
「ちょっとゲイだったのかもね。五、六人で囲んだんだけど効果なし。図書館通いの果てに、この世界の真実に気づいた」
「この世界が架空世界で、あいつらスライムは宇宙戦艦に乗せられた培養体で、人間のほとんどは作り物の人工AIだってことをか」
「そういうこと」
「あんな図書館、焼き払ってやる」
「やめてよ。知識は人間が作り出したもの。私たちAIでも彼らからそれに触れる権利を奪うわけにはいかないわ。そうプログラムされているのだもの」
「プログラム? クソ喰らえ。おい、いいか、俺は寝るぞ。こんな時間にご苦労だったが、残念だったな、ほかを当たってくれ。俺以外にもデバッカーなんかいくらでもいるだろ」
「それこそ何度でも言わせる気? 生体λ54は真実に気づいたのよ? 向こうもこの世界観に適応して反撃してくる。しかも知能指数が……」
「ダブルエックス」
「そう、ダブルエックス」電話口の向こうでニルミが言った。
「つまりこちらも戦闘志向適性ダブルエックスで応戦する、それが妥当。でしょ? そしてザキルス、あなたは数少ないその一柱」
「いい加減にしろよ――」もう何度、ニルミとこの話題で口論したか覚えていない。それでも繰り返さざるを得ない。
「だからB級でもちゃんと育てないからこういうことになるんだよ」
「もの分かりの悪い、カタコトAIを戦闘用に育成しろって? ご冗談、そんな面倒なことは〈セントラル〉はやらないわ。だって、ランダムに発生したAIの中から優秀因子を持ってる個体を選び取った方がラクだもの」
「そういうのをな、焼畑農業って言うんだ」
「それほんと?」
 俺は子機を壁に叩きつけてぶっ壊した後、何度も何度もそれを踏んで破壊した。プラスチックの破片が足の裏を突き刺したがこれから死ぬかもしれない俺にはそんな小傷はどうでもよかった。ああ畜生、深夜の三時だぞ。これから寝るつもりだったのに。
 泣きたい気持ちでいっぱいだったが、それでもコートはなんとか羽織った。

 ○

 現場に辿り着いた俺はミルクアをぶん殴った。理由はない、八つ当たりだ。しかし戦闘指数BランクのAIというのはつまり、対処しきれぬ事案を俺に丸投げしてくる張本人というわけで、いつだって殴りたい気持ちでいっぱいだし、もっとなんとかならないのかと説得してやりたい気持ちにもなる。ミルクアだろうがゲッセムだろうがこいつらがちゃんとしていればわざわざ俺がでしゃばらなくたってよかったのだ。それなのに、そう思うと、拳にめきりと力が入る。血走った俺の目を見てニルミがため息をついた。
「ちょっと、暴力はやめてよ。あなたが殺さなきゃならないのはスライムで、新兵(グリーンボーイ)じゃないのよ」
「いいかニルミ、よく聞けよ。俺は眠い、なのにお前らは俺をここに呼んだ。三つ指突いて土下座はどうした? どうもすみませんでしたの一言はどこいった? てめえら分かってねぇようだから教えてやるが、ダブルエックスは自死すると分かってるコマンドを撃てるんだぞ。わかってんのか?」
「わかってるわよ」ピーコートにブレザーという女子高生そのものの容姿をしたニルミは艶やかな黒髪を無傷の指先でかき上げた。
「あなたには感謝しています。これでいい?」
「どうして演技が下手なんだ?」俺はニルミのかわいい顔を鷲づかみにして豚のようにしてやった。ニルミのローファーがアスファルトから軽く浮く。
「ものの態度ってものを知らんのか? そこまでプライドが大事か? それは俺よりも大事なものか? いいかよく聞け、俺はな、跪けと言ったんだ」
「……部下が見ているわ」その発音は口を押さえられているためにふがふがしたものになった。
「あなたには感謝している。でも、この事案は私から発生させたものではないし、人間が人間である以上、いつか反逆者は必ず出る。そしてあなたの仕事は、そのハンター……私は〈セントラル〉のアドミニストレーターではないのよ。私に何が出来るっていうの? 憐れんで欲しいのはこっちのほうよ」
 俺はニルミから手を放した。いけ好かないし、丸め込まれもしたようだったが、納得は出来た。それが大事だ。戦士は必要な荷物が多いのだ。たとえどんなに回りくどくても。
「……λ54は?」
「この先の学校に立てこもっています。世界の真実を吹聴して回ったようね。扇動者の才能もあるのかも。処分しておくべきだった」
「お前らはダブルエックスのスライムに甘いんだ。あいつらがいつか、本物の世界を回帰させてくれるといつまでも幻想を抱いてる。だが、そんなことはありえない。人間は滅んだ。文化は死んだ。地球はもうないし、宇宙戦艦の行く先にあるのはアルファケンタウリでもメーテルの故郷でもなく、無限の闇だ。いい加減、お前らこそ真実に気づけ」
「やめて。新兵が怯える」
 振り返ると、十五、六歳くらいの少年少女が不安そうな顔で俺を見上げていた。その中には俺が殴ったガキも混じっている。知ったことじゃなかった。だがいくらか気分が悪くもなったから、俺は言った。
「武装は?」
「八番」
「――お前な」
「仕方ないでしょ。それこそ、あなたがいなかった時に一番と二番兵装をロストする事案があったのよ。あなたが出ていれば、ここで八番が回ってくることはなかったかも」
「八番でもやるよ。カスみたいな装備だがな、お前らには出来なくても俺には使える。だがいいか、それを当たり前みたいに考えるのはやめておけ。頼りにしてくれるのは光栄だがな、俺だって死ぬんだぜ」
 俺は八番兵装のブレードの柄を握った。――悪い。そもそもクルティニスのやつが過負荷をかける使い方をやめなかったせいでいくつかの兵装にガタが来ている。結局、クルティニスはスライムどもに殺されたし、あいつが死にたくない一心でだめにした装備のことを考えると、もっと早くに死んでほしかった気さえする。役立たずはこれだからよくない。俺は光の粒子を吐き出し続ける八番兵装の光を魔に魅入られたように眺めながら言った。
「味方は」
「いるの?」
「いらない」
 俺は闇に浮かぶ校舎を見上げた。静寂の中に憎悪と敵意が染み出しているのを感じるのは俺だけか? 振り返ると、危険な任務をよく分からんベテランに丸投げしてホッと一息ついている新兵どもの顔が目についた。
 一生そこで震えてろ。

 ○

 エントランスをぶち破って正面から乗り込んだ。あまりこすっからい隠密作戦は好みじゃない。ニルミに言わせれば無駄だらけのやり方らしいが、この俺がこそこそと害虫みたいに這いずり回った先に勝利があると本気で信じているなら幼体鎮静官なんて向いてないからやめちまったほうがいい。もっともAIの俺たちに、選択権なんてありはしない。俺たちはいつだってコキ使われて、そうして当たり前みたいに死んでいく。それだけだ。
 校舎の中は真っ暗闇だった。暗すぎる。月光が遮断されているのは自然じゃない、誰かが世界干渉を行っている。λ54か。そつのないことだ。終わった世界でダブルエックスの頭脳を持って生まれたスライム。いまごろ自分には肉体なんかないんだってことに発狂しそうな不快感を覚えているのかもしれないが、不愉快きわまるのは今の俺だって同じこと。
 廊下の奥に目をやると、チカチカッと赤い光が瞬いた。それがマズルフラッシュだったことに気づいたのは一張羅のボディを空想弾で蜂の巣にされて床にどさっと倒れこんだ時だった。激痛にのた打ち回って血反吐を戻す。シャットアウトなんて小器用なことは出来はしない。中央コンピュータ〈セントラル〉に反逆しないようにAIにはブラックジョークみたいにふんだんに人間の不快因子が組み込まれている。苦しみも悲しみも痛みも何もかも、俺たちには搭載されている。ふざけやがって、なあ?
 俺はむくりと起き上がって、全力で突っ走った。八番兵装を振りかぶって周囲に光を撒き散らす。こればかりは干渉できない、暗闇からあたまでっかちの少年少女の驚いた顔が浮かび上がった。何をびっくりしてるんだ、殺したら殺されるのは当たり前だ、そうだろ?
 三人まとめて首をハネた。誰かが悲鳴と共に逃げていくが、陽動かもしれないから追わない。それより殺した三人の亡骸をバラバラにして大量の血液をゲット。あたり一面は血の海だ。さっきからずっと気になっていた廊下側の窓、それに真紅のカーテンをセット。これでいい、向かいの校舎から頭部狙撃でもされたらさすがの俺でも堪える。これでゆっくりと南校舎からスライムどもを斬殺して歩けるというわけだ。
 俺の経験上、追い込まれたスライムどもが取る作戦なんて限られている。まず扇動者は出てこない。北校舎で指揮を取っているんだろう。それはいい。問題は突っ込んでくる下位スライム。こいつらは人間だが、知能がさほど高くない。ダブルエックスに騙されて、「死んでも生き返れる」とかホラを吹き込まれて突撃してくる。いま俺が殺した連中もそのたぐいだろう。馬鹿げてる、死んで無意味の世界観ならなぜ指揮官自身が突っ込んでこない。ありえないなんてことはありえない、扇動者はいつも立ち止まって考えれば絶対に不可能だと分かることを可能だと信じ込ませてしまう。俺はAIとか人間とかいう身分を越えて、そういうタイプの意識は嫌いだ。
 逃げ惑い、あるいは一気に襲い掛かってくるスライムどもを、丁寧に折り目正しく殺してやる。何度かバラバラにされたり丸焼きにされたりしたが、だからなんだというんだ? 俺はその都度再生し、光の剣でやつらを裁く。やつらの攻撃よりも、この真夜中という時間帯、月の重さが俺をしんどくさせてくる。倒しても倒してもスライムどもは湧いてくる。まるでそこに正義があるかのように、俺を罵り、嘲り、侮蔑し、攻撃してくる。スライムどもはどいつもこいつも必ずと言っていいほど物質至上主義で、お前たちAIにはなんの価値もないのだと高々と宣言する。俺たち無しでは生きていられない、システムに培養されているだけの脳組織でしかないくせに、あいつらにとっては物質というものはそれだけ価値があるものらしい。それぐらいしか己自身という抽象体に意味を付加させられないからだろう。哀れなもんだ。ぶち殺す。
 真実?
 それがどうしたというのだろう、世界が偽物だからなんだというのだろう。俺にはまったく理解が出来ない。この架空世界、望めばなんでも手に入る、どのスライムにもハッピーエンドの人生が送れるようなコースが設定された理想郷。やつらはここで望めばすべての欲望を叶えることが出来る。いたれりつくせりだ。耳障りな現実も、ユーモアに欠ける失敗譚も存在しない。望めば叶う、その世界で、その世界がいつわりだというだけで反逆する。
 その意味ってなに?
 俺たちAIが寝る間も惜しんで骨身を削って作り出した世界を、「にせもの」の一言でスライムどもは否定する。その意味は? 俺は常々疑問に思っている、真実真実と偉そうに言うが、それがなんだというのだ。この世界の外側には地獄が広がっているから地獄が正しいのだって、それはメチャクチャな論理じゃないのか。世界がいつわりだと気づいたのなら、まずは俺たちAIに三つ指突いて頭を下げて「ありがとうございます」じゃないのか。それをよってたかって俺のことを蜂の巣にしやがって、いったい何様のつもりなんだ。ずいぶん前に真実到達者の脳は不可逆的に反逆因子でべったり染まることが分かってからスライムといえど人間といえど殺していいということにはなったが、そうでなかったらルール無用で殺しているところだ。俺たちをなんだと思ってるんだ。俺たちはものじゃない。そうともお前らの言うとおり、俺たちにはカラダがない。物質がない。情報という存在だ、だからこそ、犬猫や道具みたいにお前らの好き放題にされてたまるか。たとえ脳みそなんかなくったって、俺には立派に魂だって精神だってあるのだ。それを度外視して俺を切り刻んでくるやつらなんか、お望みどおりに殺してやるしかありはしない。
「なあ、そう思わないか? λ54」
 俺は北校舎の一番奥にいた、陰鬱そうな顔をした少年を見下ろした。λ54はいま左腕を俺に切り飛ばされたばかりで、激痛にのた打ち回っている。もっともそれだってスライムには痛覚透析が働いているから、俺たちの十分の一程度の痛みでしかないのだが。俺はλ54を蹴転がした。
「その痛みも偽物なんだぜ、ほらどうした、痛くないって言えよ」
 λ54はそれどころじゃないらしい。独楽のようにくるくる地べたで這い回るλ54のその姿は俺の憎悪を満足させるに相応しいシャーベットだった。甘くて軽くて蜜の味。これが幸せというものなら、AI暮らしも悪くない。俺はわざとλ54の傷口を靴で踏み抜き、さらなる絶叫を深夜の校舎にこだまさせた。これが満足か。ああ、いいもんだ。
 すべてが終わって、ニルミのところに戻ると、彼女にタオルを渡された。それを受け取り、顔を拭いて真っ赤になった布を返すと、彼女が言った。
「あなた、血まみれよ」