主よ!主よ!




 暗い。


 ……ここがどこなのか、わたしは知らない。
 光が射さなくなってだいぶ経つ。
 わたしは膝を抱えて、どこまでいっても壁のないここで、なににも触れずに漂っている。
 宇宙ならまだよかった。炸裂した星の光はさぞ楽しいものだろう。
 しかしここにはなにもない。
 時間だけが、ある。
 ときどき、そばになにかがあるような気配だけがする。
 そのいくつかは私とくっついたり、逆にわたしからいくつかの部品を持っていったりする。
 最近ではそれももう、ほとんどなくなった。
 もしかしたらもう、永遠に日は昇らないのかもしれない。
 わたしに心があるのかどうか、しかしこの自分の中になにか生き物がいるような、歯車がゆっくりかみ合っているようなうごめきは、ひょっとしたら恐怖なのだろうか。
 奇妙な話だが、自分が怖いと思えるのかどうか、知るのがわたしは、怖い。
 だって、もしその答えを知ってしまったら、これからいったいどれほどの月日をわたしは「怖い」と思いながら暮らさなければならないのだ?
 だからわたしは、怖くなんてないんだ。



 同胞ができた。
 わたしのすぐ隣で、そいつは日を浴びて気持ちよさそうにしている。主の御手が、そいつの脇腹をくすぐり、耳をなで、頬をやさしくつねるたびにわたしは、狂おしい衝動が自分のなかで炸裂するのを感じた。
 わたしのようなものがこの気持ちを殺意と呼ぶことを許してほしい、それはその言葉以外ではけっして表せないものだから。
 わたしは回路が焼ききれるほどに願ったが、主の光も御手も、わたしの方に差し伸べられることはなかった。
 だが、同胞に降り注ぐのも、時間の問題だった。
 また闇になった。




 それから何度か同胞は増え、束の間のジェラシーに古参のものどもは身を焦がしたが、それもだんだん間隔が開いていくようになった。
 わたしたちは八つになっていた。
 わたしは、一番と呼ばれている。
 三番が言った。
「主は、いったいわれわれの何番目をもっとも愛していたのだろう。わたしは、この三番こそ主の光をもっとも浴びたものだと思うのだが、反論はあるかい?」
 態度と強度の差はあれ、ほかの七つのものたちすべてが反感を示した。無論わたしも、だ。
 わたしは一番なのだ。誰よりも主のことを長く思ってきたのだ!
 八番がぼそぼそと言った。
「きみは主のことがわかってない。彼は、なにかを深く愛したりしない。わたしは主にいじめられたいと思う。この身を八つ裂きにしてほしいって思う。主は、きっとそれを喜ぶ」
 三番はふっと八番を嘲笑った。
「きみはなにもわかってないな、知らないのか? 主はどんなものにも優しく、すべてのものを救おうとしておられたのだ。その狂おしくも切ない情熱は、わたしの身にしかと刻まれている。見ろ、ここだ、ここ。暗くて見えないか? 可哀想にな」
「きみはきっと光が射してもなにも見ることはないだろう……」
 それきり八番は黙ってしまった。三番はほかの気配に因縁をつけるような烈しい雰囲気を放った。
 六番が言った。
「三番、主は確かに情熱を持っていた。しかしそれは、異性と性交したいというものだったんだ」
 六番を除くすべての気配がぱっと広がった。
「おい、ちょっと、逃げるなよ。逃げないで。ぼくはべつに狂ってるわけじゃない」
「どこが?」と二番が不安そうにつぶやいた。
「もしぼくが狂ってるなら、ぼくを作りたもうた主も狂ってるってことだ。ぼくが主に作られたことは、きみたちと同じく間違いないんだからな……ふふん、ぼくはきみたちより主に近い気がする。いまのきみたちの反応は、主の本質を美化し真実を捻じ曲げている弱いものの考え方だ。ぼくの勝ちだな」
「六番、きみは自分の中身がわからなくなったんじゃないか? それなら主の意思は関係ない、捻じ曲げているのはきみの方、ということになる」とわたしは言った。
「なんだと」六番が三番のように熱くなった。
「ぼくの身体には、主のリビドーへの率直な思いが詰まっているのだ。女をむりやり押し倒して穢したいという欲望がな。それのどこが悪い? 主は正直で、さみしがり屋で、不器用なんだ。それだけなんだよ。きみたちは主を誤解している。主がかわいそう。主がないてる。主が……」
 だんだんと六番の声は小さくなっていき、やがて消えた。八番のように。でもそこにはいるのだろう、われわれは、消滅したりしない。沈黙するだけだ。
「一番、きみはどう思う?」と三番が聞いてきた。あらかたほかのやつらの意見は潰したものとみなし、長老格のわたしにとどめを刺しにきたらしい。
「自分が主にいちばん愛されていると信じているか?」
「主は」とわたしは言った。
 悲しかったが、言わねばならないと思った。
 そう思えることが、主よりうけたまわりしわたしの宝物といえるかもしれない。
 主の気持ちのコピー品だが、それでも粗末なわたしには十分だった。
「主は、一番新しいものを、光射す間のみ、愛する。以前愛されていたとしても、われわれはもう、忘れられたものどもなのだ」
 三番は致命的に押し黙り、それからいままで、わたしは三番の声を聞いていない。







 静かに時ばかり刻みつづけるわたしの身体が、あれから十年経ったことを告げている。
 もう日が射すことはないと諦めるには、十分すぎる時間だった。
 もうこの意識も保てない。この世界そのものが、崩れかかっているのかもしれない。



 ああ、主よ。
 わたしのなかにはあなたへの思いばかり溢れております。
 どれほど冷たくされようとも、かつて愛されていたときのことは忘れません。
 あなたがわたしのなかに、あなたのこころを注ぎ込んでいたときのことを。
 どうかいつか、わたしたちのような輩を生み出したことをほんの一瞬でも思い出していただければ、これ以上の至福はありえません。





 主よ。

 わたしの名前は、C:\Users\PCuser\Desktop\Novel\Prot1.txt

 あなたがわたしの続きを書かなくなってからだいぶ経つ。














 あなたはわたしを、覚えていますか?