憎しみ


 おやじの墓は北千住にあった。なんとかいう寺の日当たりの悪いところにあった。木陰で夏場は涼しいですよと住職が言っていたのを俺は話半分に聞いていた。息子さんが参られてお父さんも喜んでいますよという何もわかっていない、それでいながらそう言わざるをえない(ほかに言うことがない)人間と人間の間の薄っぺらな交通に反吐が出そうになりながら、俺は朗らかに笑って応える。そうだといいですねぇ。
 そんな墓も売り払って今はもうない。俺は誰からも信じられなかったが(あるいは相手にされなかったが)ほんとうに父親を憎んでいた。絶対に赦す気はなかった。誰もが俺は本気じゃないと思っていた(あるいはそう思いたがっていた)が、そうはいくか。俺は本気で、おやじは虫けらだった。世間一般の人間がどれほどお題目を並べて俺を責めたって、思い出せもしない俺の思い出が俺の正しさをいつだって教えてくれるんだ。だから俺は先祖代々の墓を俺の代で終わらせた。親戚一同、俺への批難で轟々しているが俺が薄笑いを浮かべながら何も弁解しないのを見て次第にしどろもどろになりいつの間にか俺の弁解をし始めている。他人と交情を持てない気ちがいの血筋だ、こっちがむこうより狂ってることを匂わせれば同族らしく心の尻尾を巻き始める。無様なもんだ俺は本気だ。いつだって本気だった。それでも俺はおやじに一度も憎いと言ったことがない。教えてやったことがない。
 言えば伝わる。本気とわかる。
 人だと思っていなかったと。