雲の上





 空を飛んでいる。
 俺は雲の上、というものに憧れを持っていた。だから空を飛べるようになった今も、雲の上にいるのを好んだ。地上なんて見えなくていい。雲海にあぐらをかいて、沈んでいく太陽を飽きずに眺める。これ以上のしあわせがあるとは思えない。
 雲がどんな味をしているか知っているだろうか? 試しに千切って食べてみせよう。うん、焼きたてのパンの味がする。科学者や理屈屋は笑うかもしれないが、実際に食べてみてそう感じたのだから仕方ない。いつもパンで飽きないかって? そんなことはない、太陽の当たり方によって雲の味も変わるので、少なくとも一日に五種類から十種類の味は楽しめる。それに月夜の晩は月の夜露が雲についていて、それをなめるとほのかに酔っ払える。二日酔いなし。頭痛なし。天上の美酒。
 空ばかり見ている生活をしていると、いままで自分がどれほど愚かだったのかと思う。つまらないことをくよくよ悩んでいて、そんなことをする必要がどこにあったというのか? ここでこうして寝転がって足を組んで目を閉じる、それ以上に重要なことなどどこにもないのだ。風が囁くように雲の野原を渡っていって、肌に風が触れるたびに俺は若返る。
 それでも時々は寂しくなることもあるんだけど、そういうときは雲を千切って食べずに、こねてかたしろを取ることにしている。犬を撫でたければ犬の形に、猫にそっぽを向かれたければ猫を作った。たまにへんてこなものができてしまうこともあったけれどそれもひとつのご愛嬌。雲のゴーレムたちはみんな楽しそうに輪を作って踊っている。俺はそれを眺めながら一眠り。
 俺が作った楽園で、俺の作った影たちが、なんの苦しみもなく、なんのすれ違いもなく、恐ろしい時間という怪物の魔の手から逃れてじゃれあう姿よりも大切なものを、俺はとうとう、見出せなかった。



 終