自慢じゃないが、俺には割と友達はいる。といってもこんな川と田んぼとコープしかないような田舎じゃ、お互いぐらいしか娯楽がないのだ。
 1クラス十五人しかいない県立元山第三高校の二年二組で俺が誰となかよしかと言えば、まァ高梨だろう。ヤツとはだいぶ長い付き合いだ。姉ちゃんと出会うより前、幼稚園でかおり先生と相撲を取ってた頃にはもう俺の隣にいたから、かれこれ十三年くらいの付き合いかな? ちなみにかおり先生マジで強くて俺はぶっ飛ばされて田んぼに落ちた。大人って名前ほど大人げないんだ、って初めて理解した瞬間だったよ。
 そんな高梨の机の上に俺は座っていたのだが、ずいぶん遅れてやってきた机の持ち主はなんだかげっそりしているのだった。
「どうした高梨。下痢か」
「それもある」
 俺は整腸剤を渡した。高梨は神に祈りを捧げるように整腸剤を軽く振ってから水なしで飲み込んだ。
「お前、また腹出して寝たのか」
「またってなんだ。見たことねーだろ俺の寝相なんて」
 高梨の妹からたまに写メが送られてくるからヤツのプライバシーは俺には筒抜けなんだが、そのことは黙っておこう。結構迷惑。
 続々と人が増えていく朝の教室で、高梨はアンニュイなため息などをついてみせる。
「別宮……お前さ、主人公になったことある?」
「俺たちはそれぞれ一人一人が、人生と言う名の小説の主人公なんだよ」
「別宮キモイ」
 俺に罵声を浴びせてきたのは隣の席の長岡さん。ちなみに別宮は俺の姓だ。
「長岡さん、いい加減に君の机の中に賞味期限の切れたチーカマ入れてたことは許してくれよ」
「絶対に許さない。超おなか壊した」
 長岡さんはちょっと高校デビューぶって茶色く染めたセミロングの髪をかきあげながら吐き捨てた。結構かわいいのに意地汚いって残念だし無念でもある。
「あんたたちなんかね、一生この田舎で寂しく生きていくのよ。あっはっは! 都会にいってセレブな暮らしをして、毎年高給取りのダンナと元気な子供二人の写真を撮って年賀状を出してあげるわ!」
「ずいぶん俺たちと長く付き合うつもりなんだね長岡さん」
 年賀状とか今後は廃れていく文化じゃねーの?
 高梨も顔を上げた。
「大体さ、長岡さん、東京の大学いけなかったら地元で結婚させられるんでしょ?」
 長岡さんちは地元でも有力な豪農である。
「まずこのへんの誰かと縁結びされるよね。それこそ俺とか別宮とか」
「バカ言わないでよ」
 ふふん、そんなことあるわけないじゃない、と余裕ぶって腕組みしている長岡さんだったが、内心は恐怖に耐え切れていないらしくガタガタ震えている。なんて失礼なんだ。
「結婚しよう、唯」
「子供は七億人くらい作ろう」
「ばっっっっっかじゃないの!? あんたたちと結婚するくらいなら田植え機なしで背骨へし折れるまで稲植えるっての!! やめてよね、あたしの人生に介入してくるの」
 あたしはあんたたちとは違うのよ、という態度を胸を張って示してくる長岡さん。しかし長岡さんとこのじいちゃんは俺んとこの親父とマブダチなのでこっそり縁談の話が何度か持ち上がっているのを俺は知っている。俺はタナボタで結婚できたらいいなって思ってる。田舎ってちょろい。
「ったく。あーやだやだ田舎なんて! もっと都会でスマートな殿方にフレンチ作ってあげたあい」
「お前フレンチどころかサンドイッチも作れねーじゃねーか」
「俺んとこの犬がお前んちで猫まんまもらったら下痢しまくったんだけど」
 言い過ぎたらしい。俺はエルボーを延髄にもらい、高梨は股間を蹴り上げられた。高梨は数年前から学校にはファウルカップを着けてきているので難を逃れたが、そうでなければ高梨家は断絶していたことだろう。
「なんてことしやがる……」
「狂犬か、あの女……」
 俺と高梨はぷんすかしながらトイレに去った長岡さんの後ろ姿を見送った。わりと三つ編みや黒髪が多い三高の中で都会風を吹かしている長岡さんは倒れ損なったボウリングのピンのように浮いている。
 しかし、本当に長岡さんが東京に進学するなら、こんな朝の光景もあと二年で終わりになるんだろーな。

 ○

「で、お前は主人公になったのか、高梨」
「どうやらそうらしい」
 高梨が真面目腐って言った。どうやらそうらしい、じゃねーよ。なんだその深刻そうな顔、ぶち殺すぞ。
「高梨、いいか」
 俺は中学まで野球をやっていた高梨のごつめの肩をゆさゆさ揺さぶった。
「お前はこの世界におけるモブだ。わかるな?」
「ああ、俺もそう思っていた……昨日まではな……だがそれも全ては儚い夢と砕け散った!」
 うわあああ、と高梨が顔面を覆って呻き出した。コイツもう駄目かもしんない。
「おいおい高梨、昨日いったい何があったってんだってばよ」
 自分ちの壁が吹っ飛んだ俺より凄い目には遭ってねえだろう、と思ったら、とんでもない言葉が高梨の口から吐き出された。
「昨日……うちに悪魔が出たんだ」
「はあ?」
 俺、実は女なんだ、って言われたくらいにキョトンとした。
「どういうことだよ」
「わかんねえ……風呂から上がったらベッドに女の子がいてさ……俺相当疲れてるなって思って、とりあえず無視して本棚からエロ本を取ったんだけど」
「お前スゲェ勇気だな」
「ああ、それで滅茶苦茶その女の子に怒られてな……『じょ、女性の前でそんな不埒なものを手に取るなんて!』とか言われて。なんか殴られてコケたんだけど、その時にその子がなんか黒っぽいファンタジーなドレスを着ていることに気が付いてさ……生きてる蛇とかついてて……あ、これはなんかマジっぽいって思って」
「それで?」
「なんか事情を色々聞いたら、魔界から召喚された悪魔なんだと。笑っちゃうだろ? 原稿書き直せって言っちゃったよ」
「お前それいろんな意味で辛辣だな」
「でもさ……なんか手から火ぃ出したり、尻尾からビーム撃ったりするしさァ。『願い事を言ってください! それを叶えるのが私の仕事です!』とか言ってきて」
「えっちなこと要求した?」
「ぶん殴られた」
「ひでえな」俺は同情した。
「ああ。もう殴られたくないから帰ってって言ったら、願いを叶えるまでは帰れませんとか言うし。正直通報しようかと思ったよ」
 高梨はため息をついた。
 俺はちょっと考えてから聞いた。
「で、まだいるのか、その悪魔っ子ちゃんは」
「いるいる。うちでせんべえ喰いながらテレビ見てる。マジで帰ってほしい」
「そうか……」
 おそらく、うちの紅蓮が昨日起こした爆発事故、その原因となった儀式で召喚されたとかそんなオチだろう。
 紅蓮がでしゃばると話がコジれそうなので、黙っておくことにした。
「別宮……俺、どうしたらいいかな……」
「うーん……」
「正直、食費とか光熱費も倍近くかかるし、家賃だけは入れてほしいんだ」
「住み着いたのか……」
「ひでえ話だよ。あいつがトンカツ喰いまくるから俺は納豆がおかずなんだぜ。ちゃんとした夕飯が喰いてえ」
 涙声の高梨に憐憫の情を禁じ得ない。
「わかった。高梨、俺がその悪魔と話をつけてやろう」
「本当か? そうしてくれるとありがてえ」
「人んちに住んだら切るべき仁義があるってえことをカラダに刻み込んでやるぜ!」
 俺と高梨がその悪魔にボコボコにされたのはこの五時間後のことだった。