どけよ





 どけよ、と言われた。だから、どくまいと思った。
 俺が掴みかかりつき飛ばすとその男、髪を茶色く染め、ピアスを開け、シャレ者風の格好をした男はステーンと転んだ。それを見て笑うものはなかった。俺が生きた時代というのは、つまりそういうことだ。笑うことにも気を遣う。笑ってしまったのだから仕方ないじゃないか、などという理屈は死んでいた。
 だから、男は何も失ってはいなかったのである。が、男は顔を真っ赤にして俺に殴りかかってきた。つまりこの点から、と俺は殴られながら思った。プライドというのは外面ではなく内面にへばりついているもののことを指すのだ。それがわかっただけでもこの殴り合いには価値があったのだろう。
 思い切り殴りあった。というよりもどつきあい、怒鳴りあい、わけもわからぬまま白昼の教室を狂乱で満たした。俺たちはお互いよりも止めに入ろうなどと格好つけて分けに入ってくる愚か者をこそ強く強く殴り飛ばした。
 教授連などものの役にも立たない。やつらは口先だけの、かつてやったかやらないか、そんな定かではない時の彼方のおこぼれで生きているだけのゴミであったから、俺たちの騒乱を横目に見ながら我関せずで悠々と教室を出て行った。男の風上にもおけないやつがこの国では白飯を食っている。あの男に死を!
 やがて警備員たちが正門裏門をかなぐり捨ててやってきた。だが彼らがやってきた頃、すでに騒乱は消えていた。なぜなら殴り合っていた俺と相手の男がげらげら笑って床に伸びていたからである。すでに狂は去り爽があたりを支配していた。俺たちは天井を見上げながらお互いを褒めちぎった。そのさまがまた滑稽で大笑いした。がみを喰ったのは警備員たちで、どうも自分たちの役目はとうに過ぎていたのだと悟ったらしく、すごすごと引き下がっていった。大学などというゴミだめに雇われている高給取りの苦労知らずのお坊ちゃんあがりの塵芥どもだけが不満そうにその場で足踏みをしていた。あんなやつらはみな死ねばいいのだ。俯いているだけの役立たずどもが。死ね。死ね。死ぬがいい。何もすることが見当たらないならお願いだから死んでくれ。
 俺と男は肩を叩きながら起き上がった。そうして見詰め合ってまた笑った。笑いながら飯を食いにいき、笑いながら別れた。その後、卒業するまで、お互いに顔を見るとどうしても笑ってしまった。友達だったかといわれれば首をかしげる。俺たちは名前も知らないのだ。それでも、やつの顔を思い出す俺の顔はやはり、笑っている。


sage