燃えよ草食系男子


 草食系男子、という言葉がある。
 ググってみよう。案の定wikipediaさんが出てきた。こいつをレポートの参考文献に乗っけたら単位が出なかった。なんてことしやがる。それはまァいい、置いておく。
 引用してみよう。
 ――草食系男子(そうしょくけいだんし)または草食男子(そうしょくだんし)とは、恋愛やセックスに消極的な若い男性の様子を草食動物に例えた用語であり、2008年頃に流行語となった。
 これではっきりとわかった。俺は草食系男子ではない。
 なぜって恋愛もしたければセックスもしたいからだ。
 では、なぜ俺が知人たちから草食系男子だと思われているかといえば、それは意欲はあっても積極性に欠けていることが一つの理由だろう。
 俺は外見を気にしない。しかしどうも世の中の人間はパッと見た印象で人を判断しなければ相手のことがわからんらしい。
 白痴もいいところだが、世の中がそういう流れであるなら、人間が滅びに向かうのを止める義理は俺にはない。
 坊主頭に無精ひげ、年中着ているパーカーにマラソン上等のスニーカー。
 外見だけ見れば草食系男子には見えないだろうが、どうも表情が生来気弱に映ってしまうらしく、初対面の相手にも坊主頭をぐりぐり触られることがしばしばある。
 いやはや、バイト先のOBという他人もいいところな相手に飲み会でべたべた触られたのにはさすがに閉口した。
 草食系男子は変化しつつある、と思う。
 恋愛だけではなく、気弱で、夢や野心を持たず、事なかれ主義な男も草食系の枠組みに入っているのだろう。
 その年の二月、俺は小説を書くのも麻雀を打つのも嫌になって、無気力で自堕落な草食ライフを送っていた。
 眼を閉じて、眠りに落ちて、二度と覚めなければいいと思っていた。
 そんな日々が一通のメールでぶち壊された。
 完膚なきまでに。







「おひとりさまですか?」
「あ、いえ、そのう」
 俺がもじもじしているとウェイトレスの女の子は悟ったらしく、しずしずと下がっていった。最近の子にしてはデキがいいな、と俺は目礼して店内を見渡した。いた。奥のボックス席に冴えない男が四人雁首ならべてソフトドリンクをちゅうちゅう吸っていた。
 近づいていくと、菊地が鼻の下を伸ばしてメロンソーダを飲むのを一時中止し、手を挙げてくれた。
「よう、竜胆。久しぶり。おまえ相変わらず坊主なの?」
 菊地は一応、進学した先でヤリサーのオカルト研という摩訶不思議なものに入ったとかで、昔よりもカジュアルな格好をしていた。なんとなく気が引ける。
「坊主は楽でいいンだよ。それよりなんなの」
 高校時代の悪友どもは、身内だけのこっそり同窓会の場にしては神妙な顔をしていた。
 デブのソプラノ使いで音大にいった桜井は頬だけ異様にやつれていたし、ノッポのオタクで現在ニートの梅宮は三年前より猫背を悪化させてやたらとカクカクしていた。
 俺は菊地をケツで隅に押しやり、真向かいに座っていた男の顔をまじまじと見た。
 不登校児だった菖蒲晶は、昔と変わらずおしろいを塗ったように青白い肌をしていた。
 俺の脳裏に高校時代の思い出が蘇ってくる。菖蒲はよく校舎裏でいじめられていた。その見張り役をしていたのが、大抵俺だった。だから菖蒲のことは和解した今でも少し苦手だ。
「ご無沙汰、リンドー」
 充血したような赤い唇から菖蒲の高い声音が転がり出てくる。
「悪かったな、急に呼び出したりして」
「皮肉かよ。いつでも暇だ。で、なんなの。おまえらなんか暗いぞ?」
 なにかのびっくり企画かと思い、俺は明るく振る舞ったが、菖蒲以外の三人は皆、意気消沈していた。菊地でさえ俺の登場でいくらか気がまぎれたらしいが、もう入り口の方を見やって、帰りたそうにしている。
 俺は嫌な予感がした。嫌な予感だけは、昔からよく当たる。
 菖蒲は俺の眼をじっと見てきた。気色悪い、何か言って中尉を逸らそうとしたとき、菖蒲が口を開いた。
「なあリンドー。おまえって草食系?」
「は?」
「いや、おまえの同中のやつから聞いたんだけどさ、おまえ成人式の同窓会で、好きだった女子に童貞だってバラされたんだって?」






 ことの次第はこうである。
 成人式帰りの飲み会、俺は飲みたくもない酒をみんなの環から外れかかった隅っこで寂しくぺろぺろしていた。べつに誰と話すわけでもないのに、なんとなくもったいない気がして残っていた。時折へんに気を回すやつが話を振ってくるが、二言も言わないうちに発言権がはるか彼方に笑いと冗談の波にさらわれていってしまう。そんなの面白いわけがない。俺は不貞腐れていた。
 高宮がひどく酔っていたのは知っていた。親父が死んでタイヘンだということも聞いていた。だが、そんなことは関係なかった。そして俺には、どうすることもできなかった。
 九時半を過ぎた頃、就職組が仕事を終わって駆けつけてきた。
 その中に、俺が惚れていた、たぶんいまでもすぐ好きになれる星野がいた。
 星野はすごく綺麗になっていた。田舎娘そのものだったおさげはやめにして、短い茶のショートヘアにしていた。背はあまり伸びていなかったが、その分の栄養は胸にいったらしい。俺は口元を杯で隠して盛られた胸を見つめていた。
 高宮が、俺の隣をバンバンと叩いた。
「ここ! ほれ、星野ここ来いって! 童貞のサンドイッチだ! わははははははは! ……あぁっ、ごめんリンドーっ、俺おとといフーゾクで卒業したわ! ぎゃはははははは!」
 俺の麻雀に人を殺せる技術があったらトリプル役満でやつの首を跳ね飛ばしてやりたかった。
 星野は聞こえなかったフリをして、公務員試験に邁進しているイケメンの尾賀くんの隣に座った。
 三十分後、俺がトイレに立ったとき、二人の姿はどこにもなかった。
 すれ違う元クラスメイトたちがふらつく俺を見てくすくす笑った。
 俺はもう二度と酒なぞ飲まないと誓った。






 嫌な思い出を出会い頭に掘り返された俺はもちろんぶすっと黙り込み、そのボックス席は異常な空気に包まれていたと思う。
 余裕ぶっているのは菖蒲の馬鹿だけ。
 というか、もしかして俺以外の三人も菖蒲の馬鹿にトラウマを穿り返されたのだろうか。道理で二度と勃起しなさそうなツラしてるわけだ。
 俺はイライラしてきた。
 菖蒲は、それを敏感に悟ったらしい。さすが元いじめられっこ、顔色窺いは十八番ってことか。
「いや、別に怒らせたいわけじゃねえよ」
「じゃ、なんだよ」
 菖蒲はぐっと身を乗り出してきた。
「ムカつくだろ?」
 なにが、と聞き返すと、
「草食系って言葉。俺もさ。親戚の家にいったらそんなんじゃ嫁の貰い手もないから死んだ方がいいってさ。どうせおまえなんか雇うところないって」
「おまっ」俺は一気に菖蒲のことが好きになった。
「ひどいなそれ。血の繋がりあんだろ?」
「べつにいいよ」
 菖蒲はにこにこ笑っていた。
「そのうち取り返すから」
「取り返すって?」
 菖蒲は俺の質問には答えず、こう言った。
「なァリンドー。肉よりうまいものを食いたくないか?」






「強盗?」
 俺は半笑いで聞き返した。
 だってそうだろう。強盗。なんて恐ろしい響きだ。とても現実沙汰じゃない。
 だが菖蒲は本気だった。
「ああ。もう獲物は眼をつけてるんだ。ほら、菊地んちのあたりってちょっとリッチな家多いだろ? あの中に○○会社の会長宅があるんだ。でも会長は今晩はいない。高級ソープにいってるから」
「なんでそんなことおまえが知ってるんだ」
「もう後には引けないんだよ」
 俺は助けを求めて横を見た。
 菊地も梅宮も桜井も俯いている。
「情報料の支払いは明日の朝十時まで。それまでにケリをつけないと俺は終わる。なァ、簡単なんだよ。俺には策がある。いや策なんてものじゃない、ペテンだ。だがそのペテンで、俺たちがすきっ腹抱えてあくせく何千時間バイトしたって追いつかない金が転がり込んでくる」
 こいつは本当に菖蒲晶だろうか。
 俺の知っている、いじめっこたちに、女子の前でパンツ下ろされて勃起してしまった菖蒲晶だろうか。
 違うと思う。
「車は菊地のがある。ワゴン車だ、取りっぱぐれはしない。盗んだものはすぐに換金できる。心配はなにもない」
「心配って」俺は生唾を飲み込んだ。
「犯罪じゃないか」
「それが?」
 菖蒲はきょとんとしていた。そしてくつくつと笑い始めた。
「なあ、金の問題じゃないよ、リンドー。おまえも感じてるだろ? 草食系? ゆとり? そんな風に俺たちを小動物や観葉植物かなにかと思っているやつらは間違っている。俺たちは連中が食ってる美味いメシだの、いい服だの、気取った髪型だの、手軽で上質なセックスだの、そんなことじゃ食指が動かないだけ。おまえもそうだろ? そう感じたこと、ないか? それともずっと平々凡々、人にこき使われて馬鹿にされて生きていたいと思ってるのか?」
 思ってなかった。
 昔から、何かに集中すると見境がなくなった。
 だから、何も好きにならないようになったのかもしれない。
 爆発したら、
 俺は、
「やってしまおうよ、リンドー」
 菖蒲晶の声はいつだって、甘ったるい。
「俺たちの乾きを一生かかっても、癒してみようよ。どんなに時が経っても、満たされないかもしれないけど」
 いつの間に運ばれてきたのか。俺の前にはバニラアイスが置かれていた。運んできたウェイトレスはこの会話が聞こえなかったのだろうか。
 聞こえなかったのだろう。
 草食系の言葉は、肉食系には届かないから。
 彼らは理屈で動き、
 俺たちは、





「乗った」




 こころで動く。







 ○





 チャイムが鳴ったので、君江は書き物机から顔をあげた。
 まったくこんな時間に誰だろう。
 せっかく夫がいないときに、不登校になった孫に何もしてくれない教師宛の苦情の手紙を書きつけているというのに。あとちょっとで脱稿するのだ。
 べつに孫が学校へいけなくってもよい。一生を三回ぐらいは養ってやれる蓄えが君江の家にはある。
 重要なのは大義名分だ。自分は間違っていない、その保証だ。
 それを盾に人を突きまわすのは、楽しい。
 君江は無視しようかと思ったが、脱稿前に人と話して気を抜くのも悪くない。
 インターフォンに眼を近づけると、大学生とおぼしき二人組みが映っていた。
 ぼうぼうの長髪の子に、太ったとろそうな子。二人とも垢抜けない、君江の目から見てもダサい格好をしている。
 通話ボタンを押して、
「はい、どなたでしょう」
 長髪の子がびくっと身体をすくめて、
『あっ! す、すいません夜分遅くに、あの、あの』
 ふう、と君江はため息をつく。
 まったくいつからこの国は準備運動さえ満足にできそうもない男たちが蔓延る場所になってしまったのだろう。
「いいんですよ。どうかなさったのですか?」
『えと、えと、馬場が、あこいつ馬場っていうんですけど、馬場っていうより馬鹿で、いやそんなことはどうでもよかったですかね、あはは」
「用がないなら切りますよ。失礼です、あなた」
『すすすすすすいません! あの、こいつ飲みすぎちゃったんで、水をいっぱいもらえませんか! おにぇが、お願いしますぅっ』
 君江のしぼんだ胸に軽蔑と嘲りが満ちた。
 よし、と君江は決めた。こうなったら水を恵んでやる代わりに説教のひとつでもぶちかましてやろう。その途中でデブが吐いても構うものか。隣近所に、自分が大学生の男二人を相手にしても勇敢に人生の先輩として教えを授けることができるのだと知らしめてやる。
 そんな騒動を十二時前にやらかして押される烙印はまず間違いなく『非常識』だろうが、君江の都合のいい脳みそはそんなことはさらっと無視するようにできている。たくましい限りだ。
 ドアの鍵を自分で開けて、慎ましいながらも緑が溢れた庭を通って、君江は門に近寄った。
 デブが吐いていた。
 君江の家の塀だった。
「ちょ、ちょっと――!」
 一気に充血した顔面を醜く歪ませて、君江は道路に飛び出し、
 鼻骨を粉々に砕かれる羽目になったのだった。




 ○



 桜井はまだゲェゲェやっている。
 このために苦手な酒を吐くまで飲まされたのだから不憫だ、と俺は思う暇がなかった。なぜって、俺の足元で家人の老婆が鼻から血を流し白目をむいて昏倒しているからだ。
 菖蒲はぷらぷらと拳を振っている。
「おお痛ぇ。この婆さん肉がなさすぎらァ」
「な、なにもここまでやることなかったんじゃ」
 梅宮が老婆に謝るように背中を丸め、ぼそぼそ言ったが菖蒲は首を振って、
「徹底的にやるのが俺たちの流儀だ。いま決めた。梅宮、おまえは婆さん中に運んでくれ。俺とリンドーで金目のものを探す。おい桜井、体調がよくなり次第ついてこいよ。でも無理なら車に戻ってていいからな」
「あ、ちょっと――」
 心細げな声を背中に貼り付けつつ、俺と菖蒲は邸宅に踏み込んだ。
「うわぁ――」
 入ってすぐ、眼もくらまんばかりの家具に気おされた。不思議な紋様を描かれた花瓶、なにか外国の生き物の剥製、象牙や仮面がそこら中に飾ってある。玄関先でこれなのだから、リビングや寝室にはもっといろいろありそうだ。
 菖蒲は片っ端から背負ったズタ袋に金目のものをぶち込んでいく。俺もそれに習ってお宝バキュームしていたが、
「リンドー、それはいらない」
「へ?」
 俺は指を指してくる菖蒲と手元のケースを交互に見た。
「それは麻雀牌だ。二束三文にもならん」
 開けてみると、菖蒲の言ったことが正しかったことが証明された。少し指のあかで汚れた、麻雀牌がぎっしり詰まっている。しかし安物ではなさそうだ。
「絶対に他に、その重さと面積より小さくて軽い金目のものがある。そっちを優先させろ」
「ああ」
「もう自分を軽んじたり、理想を低くするのはやめろ」
「わかってる」
 俺たちは略奪を続けた。桜井と梅宮が途中から参加してきて効率がぐっとよくなった。
 二人はまるで初めて自慰を覚えたばかりの男子中学生のように呆けて宝の海を削っていったが、それを横目に、俺はどこか冷めていた。
 頭の中で、菖蒲の鮮やかなパンチが何度も何度も再生されて、止まらなかった。
 なめらかな軌道を描き、ためらいなく流れ、老婆の醜い顔を力強く打った菖蒲晶の白い拳。
 背筋がぶるっと震えた。
 この感じは知ってる。
 大好きなアニメが、最高潮の盛り上がりを迎えたとき。
 安っぽいラブソングにはない旋律と叫びを宿した音楽に出会ったとき。
 俺はそのとき、確かに感動していた。




「ずるいよな。俺だけ運転主で楽しいことできなくってさ」
「その代わりトンズラ決められる権利がおまえにはあったろう?」
 菖蒲の軽口に菊地が頬をすぼめた。
「逃げないよ。逃げるわけないじゃん」
「ほんとに、一瞬も考えなかったか? 腹でも下したといって逃げちまえば、おまえは共犯者じゃなかったんだぜ?」
 菊地は黙り込んだ。やがてにやっと笑って、みんなにフフフフと奇妙で不気味な笑いの波が広がった。
 俺たちは足元のズタ袋のなかに詰まった宝物を見聞していた。
「なんかサンタになった気分だな」
「ああ、子どものいる家に放り込んどいてやろうか。クリスマスにはちと遅いけど」
「ははは、みんないいやつだな」
「なんだよ菖蒲、サンタになりたくないのか」
「いや、俺もサンタになったつもりだよ。ただし、俺たちのね」
 ぷっと桜井が噴出した。
「キザだなあ」
「うるせえ」
「おい菖蒲、次の角どっちだ」
「右。……リンドー、ちょっと」
 菖蒲に首根っこを掴まれて、俺は窓とやつの体に挟まれる羽目になった。
「なんだよ」
 桜井と梅宮は菊地と金の使い方をわいわいと相談している。こちらの会話は小声で聞き取れはしないだろうし、みんなまだ成功の酔いの中にいる。
 そんな中、菖蒲の眼は冴えていた。
「なァ、満足か」
「え?」
「これで満足か、って言ったんだ。なァ、俺たちはいま、一生じゃなくても、五十になるまでは毎日三食コンビニで一番高い弁当買って、週一でAV借りて、中古のマンションに住んでつつがなく暮らしていけるくらいの金は掴んだよ。それで満足か?」
 眼というには鋭すぎる光を宿した菖蒲の双眸に、俺はたじろいだ。
「そういう、趣旨だったんじゃないの。つまんない人生にちょっとした一撃を、っていう」
「一撃でいいのか」
「――――」
「俺にはわかる」
 菖蒲は悲しそうな顔をした。それは心の底から、無念そうだった。
「うしろの三人はこれで降りる。満足してる。もう一度やろうといっても絶対になんやかやと理由をつけて乗ってはこないだろう」
「そりゃ――危ない橋だし」
「生きていることが危なくないことなんてあるか? 道歩いてりゃ車に轢かれるし、通り魔には刺されるし、すれ違っただけの他人からもらった病気でころっと死ぬ。ありえない話じゃない、現実のことだぜ」
「でも、そんなの、低確率で――」
「その低確率にぶつかってしまうのが、俺たちだろ?」
 ごくり、と生唾を飲み込んだのはどっちだったのか。
 菖蒲は言った。
「俺は、こんなんじゃぜんぜん足りない。あんな糞ババア一匹ぶん殴っただけじゃ、この心が満ちないんだよ」
 苦しげに胸を掴んで、爪を立てる。
 その姿は、本当に病んでいて、
「わかるだろ? おまえにも。俺たちの怒りはまだまだこんなもんじゃない。俺たちの乾きはどこまでいっても満ち足りない」
 そう、わかる。
 わかってしまう。
 どうして――
「俺も、おまえも、肉食じゃあない。草食でもない。満ち足りぬ脳の奥から来る衝動だけで動きたい。そう思える俺たちは、俺たちは――」
 プァァァァ――――ン、とクラクションが鳴り、ワゴン内を白い閃光が駆け巡った。
 しかしすぐに嘘のように元の暗さが戻ってきた。
 菊地が肩越しに振り返って、
「悪い、余所見してたらぶつかりそうになっちった。てへり」
 てへりじゃねーよ! と桜井と梅宮にばしばし頭を叩かれている菊地。
 そんなのんきな共犯者を見つめる菖蒲の横顔は、遠い故郷を思う旅人のようだった。
 そのとき、俺はわかったのだ。
 罪を犯すというのは、こういうことなのだと。
 もう戻っては来れないのだ。なにをしても無実にはなれないのだ。
 油の乗ったよく焼けた肉も、お日様のにおいがする乾いた草も、もう俺たちを癒してくれることはない。
 俺たちは、罪人になった。
 罪は罪を増やしていく。
 罰が来るまで。












 終

sage